ものぐさや
悪役が主役の『戦隊もの』小説
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か 枯れない花(後編)
俺は、ママと一緒に台所にいる間中、どうして宇宙人だとばれたのかとばかり考えていた。ぼんやりしているせいか、注意力は散漫だ。何回かママが話しかけていたらしいが、気付かなかった。しびれを切らしたママは俺のエプロンのすそを引っ張った。
「カーくん、食器棚の一番上の青いお皿取ってー」
身長が一メートル半のママでは、一番上の段の皿が届かないらしい。いつもはどうやって使用しているのだろう? と思いつつ、ママの言葉に従う。
「この青い皿ですか?」
透き通った青いガラスの器を手渡して、俺は飴色のなるまで玉ねぎを炒める作業に戻る。焦げないように手を動かしつつも、俺の頭にあるのはママへの疑問だった。何度考えても、俺が宇宙人だと分かるのは不思議だ。
「んー、ハッシュドビーフと鶏ももの照り焼き、あとはシーザーサラダかなー?」
ママは鼻歌交じりに材料を刻んだり、テーブルをセットしたりしている。時折俺に、「嫌いものは?」などと聞く以外は料理に集中しているようだ。正直、俺は疑問が頭から離れないのと、何を話していいか分からないせいで、自分から話しかけられなかった。いつもなら、宇宙環境調査員としてのスキルを生かしてコミニュケーションをとるところなのだが、自分の正体がばれたという非常事態にまだ対応しきれていない。
「よーし、そろそろ完成ねー」
ママはそういうと、出来上がった料理を盛り付けず、二人分のお茶の用意をした。紅茶
の馨しい香りがダイニングに広がる。
「ま、ちょっと時間あるからお茶しましょ」
ママと向き合うように、俺はダイニングテーブルに腰掛けた。正面からまじまじと俺を見たママは微笑んだ。
「カーくん、お手伝いありがとうね」
「いえ、どういたしまして」
やや拍子抜けしたママの発言に、俺はほっとした。ここは宇宙連邦と交流のない惑星だし、質問攻めにされるだろうと思ったからだ。未知のものに対する好奇心というのは果てがないことを俺は嫌というほど経験してきた。しかし、覚悟しているにもかかわらず、ママは俺に何も聞かずに黙りこくっている。
「…………」
「…………」
俺はなんと言っていいのか分からず、紅茶に口をつけた。琥珀色の液面に俺の顔が少し映る。しばしの沈黙を破ってママは口を開いた。
「……カーくん、ごめんね」
「え?」
俺に謝るママは今にも泣き出しそうな顔をしていた。あまりにも意外な発言に聞き返さ
ずにはいられない。
「無理矢理引き止めて……自分の星に帰りたいよね?」
「ええ?」
もはや帰れないと諦めている俺には考えもつかない発言に、間抜けな声をあげて驚いてしまった。俺が悩んでいるのはなぜ宇宙人だとばれたかということであって……別に帰ることはさして考えていないのだが。まさか本当に寝言でばれたのか? 今まで、他の星に行ったときはどうだったんだろう? と、それが心配なだけなのだが。
「一週間、家にいたわけだし、黙っていなくなってしまうのは寂しいなって思ったの」
「いや、ほら、でも、ここにいたらご迷惑がかかりますし」
俯きながらぽつりと話すママに、俺は慌てる。黙っていなくなろうとしたのは、迷惑をかけないためであって、悲しませるためではないのだから。
「『寝言だ』なんて冗談を言って、引き止めたのもよくなかったよね? 本当にごめんなさい……」
上目遣いで俺の顔を見上げる大きな瞳には涙が溜まっていた。宝石のような大粒の涙が零れ落ちそうだ。泣かせる原因が自分だと思うと、大きな罪悪感に苛まれ……ん?
「ね、寝言は冗談……? 冗談!?」
ママが泣きだしそうなことに気をとられて、危うく俺は重要なことを聞き逃すところだった。
「寝言は本当だけど、何を言っているのか分からなかったし……。これ、返さなきゃダメなんだろうだと思って」
そう言って、ママが差し出したのは全宇宙語対応の自動翻訳名刺だった。墜落時に散らばったうちの一枚を拾ってきたのだろう。その名刺は、触れた宇宙人の言語に自動的に翻訳してくれるという最新型で、文字列は立体ホログラムの形式で出てくる。手のひらサイズの名刺には膨大な量の情報が書き込むことができる。
「これ、カーくんでしょう?」
ママが立体ホログラムの一番端の文字にそっと触れると、文字ははじけて崩れ去った。代わりに出てきたのは、俺の原形と成人型の立体映像だった。髪の色や目の色、着ているものこそ違えども、今の地球人型は成人型とほぼ同じだ。
「原形のデータ、入ってたのか」
普段に使っていたときに原形データは非表示にしていたはずだが、墜落の衝撃で初期設定に戻ってしまったらしい。
「なんだ……そうなのか……」
理由が分かってしまえば大したことではない。不思議な名刺を返したくなかったママが苦し紛れに嘘をついただけなのだ。あの名刺は地球人であるママにとっては珍しいものだろうし、手放すには確かに惜しいのだろう。
「名刺か」
俺の中にあった疑問ががすっきりとした。よく考えてみれば、原形で地球の言語の発声ができるわけがなかった。寝言はもちろん母星語で、地球人の可聴領域ではないはずだ。
「本当にごめんね……いきなりさよならじゃ辛いから、引き止めちゃったの。やっぱり一週間いたら、カーくんもうちの家族だし」
そういった瞬間、ママの瞳から涙が零れ落ちた。一度涙が溢れてしまうと止まらないらしく、次々と涙が頬を伝う。俺は咄嗟に人差し指でママの涙を拭った。
「ごめんね」
ママは手の甲で涙を払い、精一杯俺に向かって笑いかけた。
「あの……ここにいてもいいですか?」
俺はここの家以外はどこにも行くところがない。そう、俺はもう自分の星には帰れない。帰る方法が今のところない。いつかはこの家からは出て行かなくてはならないだろう。でも、俺は命を助けてくれたこの家の人の為に何か恩返しがしたかったし、この居心地のいい家にいたかった。
「もちろん」
ママはびっくりしたように目を瞬かせ、笑って肯いた。椅子から立ち上がると、ママは俺の後ろに立ってそっと頭を抱えるように抱きしめた。ふんわりとカールした髪が首筋に当たってくすぐったい。こうやって誰かに抱きしめられるのなんて久しぶりだ。甘いシャンプーの香りがほのかにする。
「だってカーくんは家族だもの」
俺は、泣きたくなるような安心感を感じた。実家では、例え家族であっても気を許すことはなかった。役に立たない息子などいらないと公言する両親の期待に応えるのが俺の役割であり、それ以外の俺はいらなかった。損得も何もなく自分を受け入れてもらうのは初めてだった。
「本当にいいんですか?」
とても不思議だった。高々一週間いたくらいでどうしてこんなにも大切にしてもらえるんだろう? 俺はどうやって考えても厄介者なのに。
「家族だっていったでしょ? もう、心配性なんだから」
そう言うと、俺の頭を軽く叩いてママは台所へと向かった。足取りは軽く、さっき泣いていたのが信じられない。
「そろそろ雷太が帰ってくるから、ご飯にしましょ。パパは今日遅くなるし」
「はい、お手伝いします」
当然のように手伝う俺がいた。少しずつ地球に慣れることで、役に立つようになりたい。家族として認められたい。ここにいる理由が欲しい……心から、そう思った。故郷の両親も決して嫌いなわけではないが、今はここにいたかった。
「カーくん、これも持っていって〜」
「はい」
ママに言われるがままにテーブルの上に夕飯を並べ、飲み物の用意をしていた。すると、玄関の方から、何かが駆けてきた。つやつやに磨いてあるフローリングの上を走ったら、靴下は急に止まれない。
「ただいまーっ」
そう言って、迷わず俺の方に突っ込んでくるそれを俺は思わず抱きとめた。腕の中にいるのは水槽の中から眺めていた子供の地球人だった。
「おかえりなさい」
そう微笑みかけると、子供は飛びついてきた。感情表現が豊かで可愛らしい。ママとよく似た顔立ちで、大きな茶色の目で睫は長く、髪の毛は茶色で少しカールしている。
「あーっ! カーくんだーっ!」
「は、はじめまして」
どうやら、この子供も名刺を見て俺のことを知っているらしい。目をキラキラさせて俺のことを見ている。どうやら、宇宙人であるというのは大した問題ではないらしい。似たもの親子だな、と思った。
「僕はね、黒田雷太。十才。雷太って呼んで♪」
「私はカトルフィッシャーです。好きなように呼んでくださいね」
俺の足にじゃれ付いたところを抱き上げて自己紹介した。雷太はママよりも一回り小さくて可愛らしい。女の子? いや、確か『雷太』という名前は男の子の名前だったような……?
「じゃ、カーくんって呼ぶからね!」
そう言うと、雷太は俺の頬にキスをした。
「!」
「ずっと一緒にいてねっ」
親愛の情を示したらしい……と、冷静な分析ができたのは少し経ってからだった。俺は、その瞬間、この子のために何かしてあげたいと思った。一緒にいてあげたいと思った。家族に対する何の見返りも求めない愛情というのが漸く俺にも分かった瞬間だった。自然と笑みが零れた。
「ええ、私も家族になりましたから」
「あ、カーくんは自分のこと『私』って言うんだね! かっこいーっ」
これ以後、自分の一人称を『俺』から『私』に改めることにした。それに伴って『雷太』と呼ばずに『雷太さん』と呼ぶことにしようと思った。あの眼差しで見つめられたら、地球人や宇宙人を問わずに落ちるに違いない。
「雷太さん、私は知らないことが沢山あるので、教えてくださいね」
「うん♪」
そう言って、雷太さんと手を繋いだあの日のことをきっと私は忘れない。柔らかく暖かい手は私が地球にいる理由になった。
※ ※ ※
「ここに……いたいよ……」
ぐっすりと眠ってしまったカーくんに布団をかけたのは、雷太だった。カーくんの寝言を聞いて微笑む顔は普段と違って大人びていた。
「全く、心配性なんだから。家族だって言ってるのにね」
雷太は、カーくんを発見した時に拾った名刺を今でも大事に持っている。それには、カーくんの故郷が属する銀河系の住人の特徴も表示されていた。
「ずっと一緒にいてよ。カーくんにとっては短い期間だろうけど」
雷太は青い名刺をくるくると回した。青い光が優しくカーくんを照らし出している。ただでさえ白い肌がより一層透き通って見える。
「最低でも千年は生きる、か」
確実にカーくんを一人ぼっちにしてしまうであろう自分が嫌だと雷太は思った。でも、カーくんにとって短い期間でも一緒にいたい。カーくんの出身星であるスキッド星では一端成人型をとると、死ぬまでその姿は変わらないという。雷太が年をとっていくのを、カーくんは二十代半ばの姿のままで見守らなければならないのだ。
「生きる時間が違いすぎるって悩んでるの、カーくんだけじゃないよ」
そんなことは、雷太も小さい頃に気付いていた。時折見せるカーくんの寂しそうな顔に気付かないわけもなかった。
「枯れない花だなんて、自分のことを言わないで」
雷太の誕生日にカーくんが「私は『枯れない花』みたいなものですよね」とポツリと呟いた一言が気にかかっている。自嘲するような響きを含んだ言葉は頭から離れない。きっと自分に聞かせるために言ったわけではなく、無意識の発言だと雷太は思った。でも、だからこそ、気にかかる。
「僕は、どんなカーくんだって大切なんだから」
そう言って、カーくんの髪をなでると雷太は自分の部屋に戻っていった。布団を引き寄せたカーくんはとても幸せそうに眠っていた。
次回『よ 夜を盗みに来る男(前編)』
「カーくん、食器棚の一番上の青いお皿取ってー」
身長が一メートル半のママでは、一番上の段の皿が届かないらしい。いつもはどうやって使用しているのだろう? と思いつつ、ママの言葉に従う。
「この青い皿ですか?」
透き通った青いガラスの器を手渡して、俺は飴色のなるまで玉ねぎを炒める作業に戻る。焦げないように手を動かしつつも、俺の頭にあるのはママへの疑問だった。何度考えても、俺が宇宙人だと分かるのは不思議だ。
「んー、ハッシュドビーフと鶏ももの照り焼き、あとはシーザーサラダかなー?」
ママは鼻歌交じりに材料を刻んだり、テーブルをセットしたりしている。時折俺に、「嫌いものは?」などと聞く以外は料理に集中しているようだ。正直、俺は疑問が頭から離れないのと、何を話していいか分からないせいで、自分から話しかけられなかった。いつもなら、宇宙環境調査員としてのスキルを生かしてコミニュケーションをとるところなのだが、自分の正体がばれたという非常事態にまだ対応しきれていない。
「よーし、そろそろ完成ねー」
ママはそういうと、出来上がった料理を盛り付けず、二人分のお茶の用意をした。紅茶
の馨しい香りがダイニングに広がる。
「ま、ちょっと時間あるからお茶しましょ」
ママと向き合うように、俺はダイニングテーブルに腰掛けた。正面からまじまじと俺を見たママは微笑んだ。
「カーくん、お手伝いありがとうね」
「いえ、どういたしまして」
やや拍子抜けしたママの発言に、俺はほっとした。ここは宇宙連邦と交流のない惑星だし、質問攻めにされるだろうと思ったからだ。未知のものに対する好奇心というのは果てがないことを俺は嫌というほど経験してきた。しかし、覚悟しているにもかかわらず、ママは俺に何も聞かずに黙りこくっている。
「…………」
「…………」
俺はなんと言っていいのか分からず、紅茶に口をつけた。琥珀色の液面に俺の顔が少し映る。しばしの沈黙を破ってママは口を開いた。
「……カーくん、ごめんね」
「え?」
俺に謝るママは今にも泣き出しそうな顔をしていた。あまりにも意外な発言に聞き返さ
ずにはいられない。
「無理矢理引き止めて……自分の星に帰りたいよね?」
「ええ?」
もはや帰れないと諦めている俺には考えもつかない発言に、間抜けな声をあげて驚いてしまった。俺が悩んでいるのはなぜ宇宙人だとばれたかということであって……別に帰ることはさして考えていないのだが。まさか本当に寝言でばれたのか? 今まで、他の星に行ったときはどうだったんだろう? と、それが心配なだけなのだが。
「一週間、家にいたわけだし、黙っていなくなってしまうのは寂しいなって思ったの」
「いや、ほら、でも、ここにいたらご迷惑がかかりますし」
俯きながらぽつりと話すママに、俺は慌てる。黙っていなくなろうとしたのは、迷惑をかけないためであって、悲しませるためではないのだから。
「『寝言だ』なんて冗談を言って、引き止めたのもよくなかったよね? 本当にごめんなさい……」
上目遣いで俺の顔を見上げる大きな瞳には涙が溜まっていた。宝石のような大粒の涙が零れ落ちそうだ。泣かせる原因が自分だと思うと、大きな罪悪感に苛まれ……ん?
「ね、寝言は冗談……? 冗談!?」
ママが泣きだしそうなことに気をとられて、危うく俺は重要なことを聞き逃すところだった。
「寝言は本当だけど、何を言っているのか分からなかったし……。これ、返さなきゃダメなんだろうだと思って」
そう言って、ママが差し出したのは全宇宙語対応の自動翻訳名刺だった。墜落時に散らばったうちの一枚を拾ってきたのだろう。その名刺は、触れた宇宙人の言語に自動的に翻訳してくれるという最新型で、文字列は立体ホログラムの形式で出てくる。手のひらサイズの名刺には膨大な量の情報が書き込むことができる。
「これ、カーくんでしょう?」
ママが立体ホログラムの一番端の文字にそっと触れると、文字ははじけて崩れ去った。代わりに出てきたのは、俺の原形と成人型の立体映像だった。髪の色や目の色、着ているものこそ違えども、今の地球人型は成人型とほぼ同じだ。
「原形のデータ、入ってたのか」
普段に使っていたときに原形データは非表示にしていたはずだが、墜落の衝撃で初期設定に戻ってしまったらしい。
「なんだ……そうなのか……」
理由が分かってしまえば大したことではない。不思議な名刺を返したくなかったママが苦し紛れに嘘をついただけなのだ。あの名刺は地球人であるママにとっては珍しいものだろうし、手放すには確かに惜しいのだろう。
「名刺か」
俺の中にあった疑問ががすっきりとした。よく考えてみれば、原形で地球の言語の発声ができるわけがなかった。寝言はもちろん母星語で、地球人の可聴領域ではないはずだ。
「本当にごめんね……いきなりさよならじゃ辛いから、引き止めちゃったの。やっぱり一週間いたら、カーくんもうちの家族だし」
そういった瞬間、ママの瞳から涙が零れ落ちた。一度涙が溢れてしまうと止まらないらしく、次々と涙が頬を伝う。俺は咄嗟に人差し指でママの涙を拭った。
「ごめんね」
ママは手の甲で涙を払い、精一杯俺に向かって笑いかけた。
「あの……ここにいてもいいですか?」
俺はここの家以外はどこにも行くところがない。そう、俺はもう自分の星には帰れない。帰る方法が今のところない。いつかはこの家からは出て行かなくてはならないだろう。でも、俺は命を助けてくれたこの家の人の為に何か恩返しがしたかったし、この居心地のいい家にいたかった。
「もちろん」
ママはびっくりしたように目を瞬かせ、笑って肯いた。椅子から立ち上がると、ママは俺の後ろに立ってそっと頭を抱えるように抱きしめた。ふんわりとカールした髪が首筋に当たってくすぐったい。こうやって誰かに抱きしめられるのなんて久しぶりだ。甘いシャンプーの香りがほのかにする。
「だってカーくんは家族だもの」
俺は、泣きたくなるような安心感を感じた。実家では、例え家族であっても気を許すことはなかった。役に立たない息子などいらないと公言する両親の期待に応えるのが俺の役割であり、それ以外の俺はいらなかった。損得も何もなく自分を受け入れてもらうのは初めてだった。
「本当にいいんですか?」
とても不思議だった。高々一週間いたくらいでどうしてこんなにも大切にしてもらえるんだろう? 俺はどうやって考えても厄介者なのに。
「家族だっていったでしょ? もう、心配性なんだから」
そう言うと、俺の頭を軽く叩いてママは台所へと向かった。足取りは軽く、さっき泣いていたのが信じられない。
「そろそろ雷太が帰ってくるから、ご飯にしましょ。パパは今日遅くなるし」
「はい、お手伝いします」
当然のように手伝う俺がいた。少しずつ地球に慣れることで、役に立つようになりたい。家族として認められたい。ここにいる理由が欲しい……心から、そう思った。故郷の両親も決して嫌いなわけではないが、今はここにいたかった。
「カーくん、これも持っていって〜」
「はい」
ママに言われるがままにテーブルの上に夕飯を並べ、飲み物の用意をしていた。すると、玄関の方から、何かが駆けてきた。つやつやに磨いてあるフローリングの上を走ったら、靴下は急に止まれない。
「ただいまーっ」
そう言って、迷わず俺の方に突っ込んでくるそれを俺は思わず抱きとめた。腕の中にいるのは水槽の中から眺めていた子供の地球人だった。
「おかえりなさい」
そう微笑みかけると、子供は飛びついてきた。感情表現が豊かで可愛らしい。ママとよく似た顔立ちで、大きな茶色の目で睫は長く、髪の毛は茶色で少しカールしている。
「あーっ! カーくんだーっ!」
「は、はじめまして」
どうやら、この子供も名刺を見て俺のことを知っているらしい。目をキラキラさせて俺のことを見ている。どうやら、宇宙人であるというのは大した問題ではないらしい。似たもの親子だな、と思った。
「僕はね、黒田雷太。十才。雷太って呼んで♪」
「私はカトルフィッシャーです。好きなように呼んでくださいね」
俺の足にじゃれ付いたところを抱き上げて自己紹介した。雷太はママよりも一回り小さくて可愛らしい。女の子? いや、確か『雷太』という名前は男の子の名前だったような……?
「じゃ、カーくんって呼ぶからね!」
そう言うと、雷太は俺の頬にキスをした。
「!」
「ずっと一緒にいてねっ」
親愛の情を示したらしい……と、冷静な分析ができたのは少し経ってからだった。俺は、その瞬間、この子のために何かしてあげたいと思った。一緒にいてあげたいと思った。家族に対する何の見返りも求めない愛情というのが漸く俺にも分かった瞬間だった。自然と笑みが零れた。
「ええ、私も家族になりましたから」
「あ、カーくんは自分のこと『私』って言うんだね! かっこいーっ」
これ以後、自分の一人称を『俺』から『私』に改めることにした。それに伴って『雷太』と呼ばずに『雷太さん』と呼ぶことにしようと思った。あの眼差しで見つめられたら、地球人や宇宙人を問わずに落ちるに違いない。
「雷太さん、私は知らないことが沢山あるので、教えてくださいね」
「うん♪」
そう言って、雷太さんと手を繋いだあの日のことをきっと私は忘れない。柔らかく暖かい手は私が地球にいる理由になった。
※ ※ ※
「ここに……いたいよ……」
ぐっすりと眠ってしまったカーくんに布団をかけたのは、雷太だった。カーくんの寝言を聞いて微笑む顔は普段と違って大人びていた。
「全く、心配性なんだから。家族だって言ってるのにね」
雷太は、カーくんを発見した時に拾った名刺を今でも大事に持っている。それには、カーくんの故郷が属する銀河系の住人の特徴も表示されていた。
「ずっと一緒にいてよ。カーくんにとっては短い期間だろうけど」
雷太は青い名刺をくるくると回した。青い光が優しくカーくんを照らし出している。ただでさえ白い肌がより一層透き通って見える。
「最低でも千年は生きる、か」
確実にカーくんを一人ぼっちにしてしまうであろう自分が嫌だと雷太は思った。でも、カーくんにとって短い期間でも一緒にいたい。カーくんの出身星であるスキッド星では一端成人型をとると、死ぬまでその姿は変わらないという。雷太が年をとっていくのを、カーくんは二十代半ばの姿のままで見守らなければならないのだ。
「生きる時間が違いすぎるって悩んでるの、カーくんだけじゃないよ」
そんなことは、雷太も小さい頃に気付いていた。時折見せるカーくんの寂しそうな顔に気付かないわけもなかった。
「枯れない花だなんて、自分のことを言わないで」
雷太の誕生日にカーくんが「私は『枯れない花』みたいなものですよね」とポツリと呟いた一言が気にかかっている。自嘲するような響きを含んだ言葉は頭から離れない。きっと自分に聞かせるために言ったわけではなく、無意識の発言だと雷太は思った。でも、だからこそ、気にかかる。
「僕は、どんなカーくんだって大切なんだから」
そう言って、カーくんの髪をなでると雷太は自分の部屋に戻っていった。布団を引き寄せたカーくんはとても幸せそうに眠っていた。
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