ものぐさや
悪役が主役の『戦隊もの』小説
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か 枯れない花(前編)
異人館で酒を飲んだ後、カーくんが家に帰ったのは午前1時をまわった頃だった。辺りは静まり返り、ぽつんと道端につったっている街頭の他に明かりは見えない。合鍵で玄関のドアを開けると思いのほか大きな音がした。
「ただいまです」
誰も起きていないと分かっていても、カーくんは律儀に玄関の奥の暗闇にそう告げる。
カーくんの居候している黒田家は、雷太と雷太の父、母の三人家族である。父の嵐は三十代半ばになっても新規の取引先にはよく新入社員と間違えられる実業家であり、母のかすみは茶色の天然パーマの髪に大きな丸い瞳の、雷太と瓜二つの可愛らしい女性である。親子なのか、兄弟なのか非常に判断が難しい家族である。
かちゃり、とドアチェーンまでしっかりかけると、キッチンへと向かった。冷たいフローリングの上を歩くと気持ちがいい。
「だいぶ、飲みましたね」
ほんのり赤くなった頬に手をあてて、カーくんは呟いた。いつもならもっとセーブして飲むのだが、気が緩んでしまったらしい。
「目的へ、一歩前進……か」
ブラック・サンダーに入ると言ってくれた三人はそれぞれ個性的で、とても有能な人材だった。これから、事業は格段に早く進むだろう。
「良かった……ここにいられる……」
そう呟いたかと思うと、カーくんは倒れこむようにして眠った。
※ ※ ※
そもそも、俺が地球に来たのは調査目的だった。代々宇宙調査員の家系に生まれ、それなりの実績と自信のあった俺は、辺境惑星のつまらない調査だとたかをくくっていた。
「調査、ご苦労様ですー」
月にすんでいるラビット星人に見送られ、地球の調査に小型宇宙船で一人向かった。宇宙を走るその宇宙船は、美しい流線型の最新モデルで自慢の逸品だった。メタリックなボディに青い地球が映っている。
「月も特に変わりなし、と」
俺は、飛んでいく宇宙船を見送るラビット星人に手を振った。なんだか、やけに一生懸命手を振られているような気がする。ふわふわとした白い手を左右に早く振り、長い耳は緊張した時のようにぴんと立っている。
『宇宙船、いたずらしちゃったんですぅ〜』
ぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ彼らの口の形から、読み取れなかったのは一生の不覚だったと今でも思う。
「おかしいな……」
異変に気がついたのは、大気圏に突入しようとした少し前だった。故郷まで充分帰れるほどの燃料を積んでいるはずの宇宙船は、燃料不足のランプが点滅し始めていた。警告音が至るところで鳴っている。俺は迷わずエンジンルームに入り、点検をするためにハッチを開けた。鼻腔を突くあのジェット燃料特有のにおいはせず、辺りに漂うのは、βカロチン豊富な栄養満点の香り。
「キャロットジュース?」
いやまさか、宇宙船が健康になりたいわけないし。そういや俺、最近、緑黄色野菜は足りてなかったよな……俺の脳は、現実を直視することを拒否したいようだった。しかし、ここでパニックに陥ってもどうすることもできない。とにかく状況を把握せねばなるまい。
「燃料がほぼゼロ。月にも地球にも帰れるほどない。しかも、今、宇宙船は地球に近付きすぎている。これは……」
言うまでもなかった。このままでは、地球の引力によって墜落する。
「他の乗組員がなかったのが不幸中の幸いか」
そう一人呟くと地球人から見えないように宇宙船に不可視化シールドを張って、俺は墜落を静かに待った。ラビット星人を恨む気持ちはなかった。彼らの悪戯好きは本能なのだ。確認しなかったのは俺の落ち度だ。
「ごめん、父さん、母さん……」
俺はただ、遠く離れた星の両親に謝った。出発の時、いつもは出世しろとしか言わない母が「健康には気をつけろ」と言ってたな、とぼんやり思い出した。期待をかけられるのも嫌じゃないけど、珍しく心配してくれたのが嬉しかった。こんなことなら、もっと親と話しておくんだったかな。こんな時になって、そう思うなんて皮肉なものだ。
墜落予想ポイントは日本という島国。墜落するといっても、この宇宙船の材質では大破することはない。脱出ポットで外に逃げられるポイントはとっくに過ぎてしまっているので、宇宙船で不時着した方が生存確率は高いだろう。そこで、俺は衝撃に備えて体を座席に固定した。かちり、とベルトの締まった音に泣きたいのか、怖いのか分からなくなった自分に戸惑う。今まで感じたことのない重力に吐き気がした。
「うわーっ!」
自分でも情けないほど大きな悲鳴をあげ、衝撃とともに俺は船外に投げ出された。液体の上に投げ出されたらしく、即死に至るような衝撃はなかったが、原型に戻ってしまった。
俺の星の人間は成長すると体の形を変えることができるようになる。生後間もないころは、原型と呼ばれる形しかとれない。生後、一ヶ月もすると地球人と同じような形に変成できるようになっている。しかし、生命力が極端に減ったときにも省エネのために原型をとる。原型がどのような形態か、想像し難いと思うので地球の生物
に例えるならば、七色に光るイカと言ったところだろうか。
「もう、帰れないな」
もし、宇宙調査員に予測できない事態が起きたら、宇宙船は証拠隠滅のために自然分解される。万が一助かったとしても、帰る術はない。そう思った瞬間に、俺の意識は落ちた。このままもう目覚めることはないだろう……
「パパー! 見てー!」
「こんな岸にいるのは珍しいね。捕まえてみようか」
意識が戻ったのは、話声が聞こえたからだった。背の高い地球人と背の低い地球人の二人組が私に近づいてきた。背の高い地球人は原型になった俺の細いウエストをつかんだかと思うと、水色のポリプロピレン製の円柱型の入れ物に入れた。
「持ってかえってママに見せてあげようね」
「うん!」
はっきり言って俺には抵抗する気力が無かった。一生懸命揺れないように気遣う地球人に、ちょっとだけ感謝した。凶暴な種族だと聞いていたのに、思わぬ親切に心が温かくなった。食べるための捕獲でないことだけを祈った。
危惧したようなことはなく、地球人の家で俺は一週間ほど休養をとった。もう原型でなくてもよいのだが、いきなり地球人型になったら、驚かれるだろう。
「こんなものだろうか」
水槽の中からでもある程度地球人を学んだので、体を地球人型に変えるのは容易だった。元の成人体形とほぼ同じなので、見た目はそれほど変わらない。強いて言えば、髪や目の色が変わっている。衣服はパパと呼ばれている地球人のものを拝借し、少々丈は短いが、外にでてもおかしくない格好になった。
今日、この家の地球人は皆出かけている。誰にも気付かれずに、今ならいなくなることが出来る。行く当てもない俺の足取りは重かった。だが、行かねばなるまい。俺は、迷惑をかけないためにも黙っていなくなる必要がある。
家の門を出て歩き出した時に、誰かに呼びかけられた。
「カーくん!」
暖かい手が俺の肩を叩く。反射的に、俺は振り向いた。
「え?」
「やっぱり〜!」
そう顔を輝かせたのは、まだ帰ってくるはずのないママだった。
「カーくんでしょ? どこ行くの?」
「ええっと……その……」
「いいわ、まずはお茶しましょ」
半ば強引に家に引き戻された俺は、呆然とソファーに腰掛けた。ママ、と他の地球人が呼んでいるので、多分そういう呼称なのだと理解している。
「ね、カーくんって宇宙人なんでしょ♪」
「あの……なんで……そんなことを……? それに……私の名前は『カーくん』なんですか?」
ママはけらけらと笑って、俺の肩を叩いた。
「寝言で宇宙人だって言うんだもん。びっくりしたわよ〜」
「え?」
俺は額から汗が流れていくのを感じた。あんな原形になっても寝言をいうのだろうか。ああ、それよりもなぜ俺の名前が『カーくん』になったのか教えて欲しい。それに、なんで水槽で飼っていたイカが俺なのだと気付いたのか教えて欲しい。どうやっても繋がらないはずの原形と地球人型を同一と言い切るママは正直、宇宙人である俺よりも得体が知れない。
「『自分の星に帰らなきゃ』って言ってたけど〜? それにしても、カーくんってかっこいいのねぇ。
よーし、今日はお祝いしましょ。ご馳走をを作るわね」
うきうきと準備を始めるママに俺はうっかり、
「あ、手伝います」
と言ってしまった。この時、何故こんなことを言ったのかは今も分からない。でも、このことが俺のこの先の人生を決めたのだと気付いたのはだいぶ後だった。
次回 『か 枯れない花(後編)』
「ただいまです」
誰も起きていないと分かっていても、カーくんは律儀に玄関の奥の暗闇にそう告げる。
カーくんの居候している黒田家は、雷太と雷太の父、母の三人家族である。父の嵐は三十代半ばになっても新規の取引先にはよく新入社員と間違えられる実業家であり、母のかすみは茶色の天然パーマの髪に大きな丸い瞳の、雷太と瓜二つの可愛らしい女性である。親子なのか、兄弟なのか非常に判断が難しい家族である。
かちゃり、とドアチェーンまでしっかりかけると、キッチンへと向かった。冷たいフローリングの上を歩くと気持ちがいい。
「だいぶ、飲みましたね」
ほんのり赤くなった頬に手をあてて、カーくんは呟いた。いつもならもっとセーブして飲むのだが、気が緩んでしまったらしい。
「目的へ、一歩前進……か」
ブラック・サンダーに入ると言ってくれた三人はそれぞれ個性的で、とても有能な人材だった。これから、事業は格段に早く進むだろう。
「良かった……ここにいられる……」
そう呟いたかと思うと、カーくんは倒れこむようにして眠った。
※ ※ ※
そもそも、俺が地球に来たのは調査目的だった。代々宇宙調査員の家系に生まれ、それなりの実績と自信のあった俺は、辺境惑星のつまらない調査だとたかをくくっていた。
「調査、ご苦労様ですー」
月にすんでいるラビット星人に見送られ、地球の調査に小型宇宙船で一人向かった。宇宙を走るその宇宙船は、美しい流線型の最新モデルで自慢の逸品だった。メタリックなボディに青い地球が映っている。
「月も特に変わりなし、と」
俺は、飛んでいく宇宙船を見送るラビット星人に手を振った。なんだか、やけに一生懸命手を振られているような気がする。ふわふわとした白い手を左右に早く振り、長い耳は緊張した時のようにぴんと立っている。
『宇宙船、いたずらしちゃったんですぅ〜』
ぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ彼らの口の形から、読み取れなかったのは一生の不覚だったと今でも思う。
「おかしいな……」
異変に気がついたのは、大気圏に突入しようとした少し前だった。故郷まで充分帰れるほどの燃料を積んでいるはずの宇宙船は、燃料不足のランプが点滅し始めていた。警告音が至るところで鳴っている。俺は迷わずエンジンルームに入り、点検をするためにハッチを開けた。鼻腔を突くあのジェット燃料特有のにおいはせず、辺りに漂うのは、βカロチン豊富な栄養満点の香り。
「キャロットジュース?」
いやまさか、宇宙船が健康になりたいわけないし。そういや俺、最近、緑黄色野菜は足りてなかったよな……俺の脳は、現実を直視することを拒否したいようだった。しかし、ここでパニックに陥ってもどうすることもできない。とにかく状況を把握せねばなるまい。
「燃料がほぼゼロ。月にも地球にも帰れるほどない。しかも、今、宇宙船は地球に近付きすぎている。これは……」
言うまでもなかった。このままでは、地球の引力によって墜落する。
「他の乗組員がなかったのが不幸中の幸いか」
そう一人呟くと地球人から見えないように宇宙船に不可視化シールドを張って、俺は墜落を静かに待った。ラビット星人を恨む気持ちはなかった。彼らの悪戯好きは本能なのだ。確認しなかったのは俺の落ち度だ。
「ごめん、父さん、母さん……」
俺はただ、遠く離れた星の両親に謝った。出発の時、いつもは出世しろとしか言わない母が「健康には気をつけろ」と言ってたな、とぼんやり思い出した。期待をかけられるのも嫌じゃないけど、珍しく心配してくれたのが嬉しかった。こんなことなら、もっと親と話しておくんだったかな。こんな時になって、そう思うなんて皮肉なものだ。
墜落予想ポイントは日本という島国。墜落するといっても、この宇宙船の材質では大破することはない。脱出ポットで外に逃げられるポイントはとっくに過ぎてしまっているので、宇宙船で不時着した方が生存確率は高いだろう。そこで、俺は衝撃に備えて体を座席に固定した。かちり、とベルトの締まった音に泣きたいのか、怖いのか分からなくなった自分に戸惑う。今まで感じたことのない重力に吐き気がした。
「うわーっ!」
自分でも情けないほど大きな悲鳴をあげ、衝撃とともに俺は船外に投げ出された。液体の上に投げ出されたらしく、即死に至るような衝撃はなかったが、原型に戻ってしまった。
俺の星の人間は成長すると体の形を変えることができるようになる。生後間もないころは、原型と呼ばれる形しかとれない。生後、一ヶ月もすると地球人と同じような形に変成できるようになっている。しかし、生命力が極端に減ったときにも省エネのために原型をとる。原型がどのような形態か、想像し難いと思うので地球の生物
に例えるならば、七色に光るイカと言ったところだろうか。
「もう、帰れないな」
もし、宇宙調査員に予測できない事態が起きたら、宇宙船は証拠隠滅のために自然分解される。万が一助かったとしても、帰る術はない。そう思った瞬間に、俺の意識は落ちた。このままもう目覚めることはないだろう……
「パパー! 見てー!」
「こんな岸にいるのは珍しいね。捕まえてみようか」
意識が戻ったのは、話声が聞こえたからだった。背の高い地球人と背の低い地球人の二人組が私に近づいてきた。背の高い地球人は原型になった俺の細いウエストをつかんだかと思うと、水色のポリプロピレン製の円柱型の入れ物に入れた。
「持ってかえってママに見せてあげようね」
「うん!」
はっきり言って俺には抵抗する気力が無かった。一生懸命揺れないように気遣う地球人に、ちょっとだけ感謝した。凶暴な種族だと聞いていたのに、思わぬ親切に心が温かくなった。食べるための捕獲でないことだけを祈った。
危惧したようなことはなく、地球人の家で俺は一週間ほど休養をとった。もう原型でなくてもよいのだが、いきなり地球人型になったら、驚かれるだろう。
「こんなものだろうか」
水槽の中からでもある程度地球人を学んだので、体を地球人型に変えるのは容易だった。元の成人体形とほぼ同じなので、見た目はそれほど変わらない。強いて言えば、髪や目の色が変わっている。衣服はパパと呼ばれている地球人のものを拝借し、少々丈は短いが、外にでてもおかしくない格好になった。
今日、この家の地球人は皆出かけている。誰にも気付かれずに、今ならいなくなることが出来る。行く当てもない俺の足取りは重かった。だが、行かねばなるまい。俺は、迷惑をかけないためにも黙っていなくなる必要がある。
家の門を出て歩き出した時に、誰かに呼びかけられた。
「カーくん!」
暖かい手が俺の肩を叩く。反射的に、俺は振り向いた。
「え?」
「やっぱり〜!」
そう顔を輝かせたのは、まだ帰ってくるはずのないママだった。
「カーくんでしょ? どこ行くの?」
「ええっと……その……」
「いいわ、まずはお茶しましょ」
半ば強引に家に引き戻された俺は、呆然とソファーに腰掛けた。ママ、と他の地球人が呼んでいるので、多分そういう呼称なのだと理解している。
「ね、カーくんって宇宙人なんでしょ♪」
「あの……なんで……そんなことを……? それに……私の名前は『カーくん』なんですか?」
ママはけらけらと笑って、俺の肩を叩いた。
「寝言で宇宙人だって言うんだもん。びっくりしたわよ〜」
「え?」
俺は額から汗が流れていくのを感じた。あんな原形になっても寝言をいうのだろうか。ああ、それよりもなぜ俺の名前が『カーくん』になったのか教えて欲しい。それに、なんで水槽で飼っていたイカが俺なのだと気付いたのか教えて欲しい。どうやっても繋がらないはずの原形と地球人型を同一と言い切るママは正直、宇宙人である俺よりも得体が知れない。
「『自分の星に帰らなきゃ』って言ってたけど〜? それにしても、カーくんってかっこいいのねぇ。
よーし、今日はお祝いしましょ。ご馳走をを作るわね」
うきうきと準備を始めるママに俺はうっかり、
「あ、手伝います」
と言ってしまった。この時、何故こんなことを言ったのかは今も分からない。でも、このことが俺のこの先の人生を決めたのだと気付いたのはだいぶ後だった。
次回 『か 枯れない花(後編)』
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