ものぐさや
悪役が主役の『戦隊もの』小説
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と 取り返しのつかない失態
早紀は今日も夕食を作って待っていてくれたようだった。二日続けて早く帰ってくるなんて、本当に珍しい。
「あの、早紀さん……?」
「何?」
玄関前での不審者のようなシュリンパーの姿が頭から離れない早紀は、まだ笑いが収まっていないようだった。エプロンの裾を握り締めて、笑いをかみ殺そうとしている。
「まずはご飯食べてから、ね」
ダイニングに入るときに早紀はシュリンパーに囁いた。夕飯の香りに気を取られていたシュリンパーははっとしたように顔をあげた。夕べ、早紀は言ったことを覚えているのだと確信した。
「…………」
「今日はすき焼きよ〜」
テーブルには、程よく煮えている鍋、そして父の帰りを今か今かと待っていた二人の娘の姿があった。
「おかえり」
「お父さん、おかえりなさい」
長女の沙織は少し素っ気なく、次女の志保は少し微笑んでシュリンパーを迎える。二人の娘を優しい目で眺めた。やはり、何よりも大切だと思う。
すき焼きをシュリンパーが取り分けつつ、家族は夕食をとった。沙織はシュリンパーを見ると、少し気恥ずかしそうに横を向いた。怒っているように見えるのは、ただの照れ隠しだと分かっているので、シュリンパーは特に気にしない。しかし、自分の父が宇宙人だと知った時、嫌悪の混じった表情で見られたら立ち直れないかもし
れないな、と思った。
「直弥くん!」
ぼうっとしていたら、麦茶の入ったグラスを倒してしまったらしい。今夜、言おうと決めたはずなのに、やっぱり止めてしまおうかと思うのは我ながら情けないと内心苦笑する。
「ごめん、ぼうっとしていて……片付けは、俺がやるよ」
台所に食器を運び、洗い物をしていると娘二人も何も言わずに手伝いに来てくれた。早紀は食後のお茶の準備をしている。家族四人分のカップが用意されている。あの紅茶を飲みながら、自分が宇宙人であることを告げるんだろうな、とシュリンパーは思った。台所の片づけを終えて、手を洗い、ダイニングテーブルに戻った。紅茶
のいい香りがダイニングに満ちている。
「沙織と志保もおいで〜」
早紀に呼ばれて、二人の娘たちもテーブルに着く。二人の座った振動で紅茶の液面が波打った。
「お父さんはね、みんなに話したいことがあるんだ」
早紀だけに、話してもいいかと思った。しかし、娘たちにも聞く権利があるとシュリンパーは思った。親が宇宙人だと知ったら、どんなにショックを受けるのか分からないが、物事を判断できない年ではないだろう。
「冗談とか、そういうんじゃないんだ。嘘だと思わないで欲しい」
言う前から、泣いてしまいそうな声だと人事のように感じた。冗談だと受け取られるならまだいい。軽蔑され、二度と笑顔を向けてくれなくなるかもしれない最愛の家族の顔を一人ずつ眺めた。沙織は気まずさを誤魔化すように紅茶に口をつけ、志保は父親のただならぬようすにきょとんとしている。早紀は――何故か笑顔だった。
「今までずっと言えなかったんだ。黙っていたのは本当に悪いと思ってる……言うのがずっと怖かったんだ。騙すつもりは、なかったんだよ」
口をついて出てくるのは言い訳のような口上ばかり。家族に呆れられないうちに、シュリンパーは覚悟を決めて前を見据えた。
「俺は、地球人ではないんだ」
家族の誰もが口をつぐんだまま動かない。シュリンパーは一世一代の告白を続ける。最初の一言が出てしまうと、後はためらい無く隠してきたことを話せる気がした。
「ロブスター星人のシュリンパーというのが本当の名前なんだ。二十年前に地球に留学に来て、早紀さん――お母さんと出会って永住を選択したんだ」
早紀と出会ったからこそ今の自分があるのだとシュリンパーは思う。ここで、別れて出て行くことになると分かっていたとしても自分は早紀と結婚して地球に留まる道を選択するだろう。
「それって、私たちは半分宇宙人ってこと?」
紅茶のカップを置くと、沙織は口を開いた。信じられない、と目が訴えている気がするのは自分の気のせいだろうか。目の奥で他の感情が読み取れそうな気もしたが、とりあえずここは娘の疑問に答えてやらなくてはならないとシュリンパーは思った。
「そうだとも言えるね。でも、生活していて分かるようなところに特徴はないよ。純粋な地球人と変わるところを探すのは、今の地球の科学では無理だと思う」
そう、地球人型のシュリンパーのDNAは完璧な地球人のものである。変形後の形からDNAを逆算して擬似的なDNAを構築しているのだ。だから、宇宙人の血が混じっているということが地球で判明することはないだろう。
ロブスター星人の親を持っている分かるのは、宇宙ではわりと一般的な遺伝情報の『オーラ』である。『オーラ』というのは、中国で言うなら『気』のようなもので、体の周りを包んでいる。これは、星によって形状が違うので、宇宙総合病院などで検査すれば沙織や志保がロブスター星人の娘であることは明らかとなるだろう。
「じゃ、地球人とは変わりないわけ?」
大きく瞬きをして、沙織は自分の父親を見つめた。その表情からは困惑した様子だけが見て取れた。しかし、嫌悪や怒りといった感情は読み取れない。
「変わりないよ。今までだってどこか違ったところがあったかい?」
「……ないと思う」
シュリンパーは娘たちが話をちゃんと聞いてくれているだけでも驚くべきことだと思った。自分の父親がいきなり宇宙人だと言い出したら、ふざけるなと怒って席を立っても不思議ではない。
「ねえ、お父さん」
志保はにこにこと笑いながら、シュリンパーに語りかける。
「どうして今日、言おうと思ったの?」
それは、責めるような口調ではなく、ただ疑問に思ったことを口にしてみたという感じだった。小学生だが、なかなか鋭いところを突いてくる。
「それはね、」
「お父さんは転職を考えているからよ」
「!」
本当に驚いた時というのは、声も出ない。出たのは息を吸い込む音だけで、続く言葉が見つからない。シュリンパーが早紀を見ると、眩しいほどの笑顔を浮かべていた。
「あー、やっと直弥くん、打ち明けてくれたのねー」
早紀は紅茶を一口飲んで言葉を続ける。シュリンパーは早紀の言葉を反芻して茫然自失。もしかして、もしかして、もしかして、もしかし……
「私、知ってたもの」
してやったり、とばかりに早紀は悪戯っぽく微笑んだ。
「ややややや、やっぱりーーっ!」
娘たちも、母親につられて笑い出した。狼狽する父親の姿が彼女たちにも可愛らしく映ったようだった。
「だって、大学の時、原形に戻ったことあるでしょう?」
「ええっ?」
「四十度近い高熱を出して……一人暮らしのアパートに看病に行ったら、直弥くんが大きな海老になったんだもの。驚いたなぁ」
しみじみと懐かしそうに語る早紀に、シュリンパーは頭を抱えたくなった。そんな取り返しのつかない失態を犯していたとは知らなかった。体がぎりぎりまで弱ってしまうと、原形に戻ってしまうという知識はあったが、自分が実際に戻ったことがあるという自覚はなかった。
「いつ言ってくれるんだろうかって待ってたのよ」
シュリンパーは宇宙人だということを全く気にしない早紀を見て、ほっとした。同時に目じりから涙がこぼれる。頬を滑り落ちる雫をどうしたものかと思っていると、
「はい、ハンカチ」
沙織がハンカチを差し出した。シュリンパーは娘の変わりない優しさを感じて、更に泣きそうになってしまった。
「お父さん、紅茶のおかわりいる?」
志保はそういうと、新しい紅茶をカップに注いできたようだった。宇宙人だと打ち明けても何も変わらない。娘たちは自分を父親だと認めてくれている。
「ありがとう」
妻に向けて、娘たちに向けて、シュリンパーは心から感謝した。自分は宇宙一幸せな夫であり父親だと思う。きっとこの先、何があっても家族がいる限り、頑張れる。
「ねえ、直弥くん」
涙が止まったのを見計らって早紀はシュリンパーに言った。
「転職の話、聞かせてよ」
次回『ち ちらちらと瞬くひかり』
「あの、早紀さん……?」
「何?」
玄関前での不審者のようなシュリンパーの姿が頭から離れない早紀は、まだ笑いが収まっていないようだった。エプロンの裾を握り締めて、笑いをかみ殺そうとしている。
「まずはご飯食べてから、ね」
ダイニングに入るときに早紀はシュリンパーに囁いた。夕飯の香りに気を取られていたシュリンパーははっとしたように顔をあげた。夕べ、早紀は言ったことを覚えているのだと確信した。
「…………」
「今日はすき焼きよ〜」
テーブルには、程よく煮えている鍋、そして父の帰りを今か今かと待っていた二人の娘の姿があった。
「おかえり」
「お父さん、おかえりなさい」
長女の沙織は少し素っ気なく、次女の志保は少し微笑んでシュリンパーを迎える。二人の娘を優しい目で眺めた。やはり、何よりも大切だと思う。
すき焼きをシュリンパーが取り分けつつ、家族は夕食をとった。沙織はシュリンパーを見ると、少し気恥ずかしそうに横を向いた。怒っているように見えるのは、ただの照れ隠しだと分かっているので、シュリンパーは特に気にしない。しかし、自分の父が宇宙人だと知った時、嫌悪の混じった表情で見られたら立ち直れないかもし
れないな、と思った。
「直弥くん!」
ぼうっとしていたら、麦茶の入ったグラスを倒してしまったらしい。今夜、言おうと決めたはずなのに、やっぱり止めてしまおうかと思うのは我ながら情けないと内心苦笑する。
「ごめん、ぼうっとしていて……片付けは、俺がやるよ」
台所に食器を運び、洗い物をしていると娘二人も何も言わずに手伝いに来てくれた。早紀は食後のお茶の準備をしている。家族四人分のカップが用意されている。あの紅茶を飲みながら、自分が宇宙人であることを告げるんだろうな、とシュリンパーは思った。台所の片づけを終えて、手を洗い、ダイニングテーブルに戻った。紅茶
のいい香りがダイニングに満ちている。
「沙織と志保もおいで〜」
早紀に呼ばれて、二人の娘たちもテーブルに着く。二人の座った振動で紅茶の液面が波打った。
「お父さんはね、みんなに話したいことがあるんだ」
早紀だけに、話してもいいかと思った。しかし、娘たちにも聞く権利があるとシュリンパーは思った。親が宇宙人だと知ったら、どんなにショックを受けるのか分からないが、物事を判断できない年ではないだろう。
「冗談とか、そういうんじゃないんだ。嘘だと思わないで欲しい」
言う前から、泣いてしまいそうな声だと人事のように感じた。冗談だと受け取られるならまだいい。軽蔑され、二度と笑顔を向けてくれなくなるかもしれない最愛の家族の顔を一人ずつ眺めた。沙織は気まずさを誤魔化すように紅茶に口をつけ、志保は父親のただならぬようすにきょとんとしている。早紀は――何故か笑顔だった。
「今までずっと言えなかったんだ。黙っていたのは本当に悪いと思ってる……言うのがずっと怖かったんだ。騙すつもりは、なかったんだよ」
口をついて出てくるのは言い訳のような口上ばかり。家族に呆れられないうちに、シュリンパーは覚悟を決めて前を見据えた。
「俺は、地球人ではないんだ」
家族の誰もが口をつぐんだまま動かない。シュリンパーは一世一代の告白を続ける。最初の一言が出てしまうと、後はためらい無く隠してきたことを話せる気がした。
「ロブスター星人のシュリンパーというのが本当の名前なんだ。二十年前に地球に留学に来て、早紀さん――お母さんと出会って永住を選択したんだ」
早紀と出会ったからこそ今の自分があるのだとシュリンパーは思う。ここで、別れて出て行くことになると分かっていたとしても自分は早紀と結婚して地球に留まる道を選択するだろう。
「それって、私たちは半分宇宙人ってこと?」
紅茶のカップを置くと、沙織は口を開いた。信じられない、と目が訴えている気がするのは自分の気のせいだろうか。目の奥で他の感情が読み取れそうな気もしたが、とりあえずここは娘の疑問に答えてやらなくてはならないとシュリンパーは思った。
「そうだとも言えるね。でも、生活していて分かるようなところに特徴はないよ。純粋な地球人と変わるところを探すのは、今の地球の科学では無理だと思う」
そう、地球人型のシュリンパーのDNAは完璧な地球人のものである。変形後の形からDNAを逆算して擬似的なDNAを構築しているのだ。だから、宇宙人の血が混じっているということが地球で判明することはないだろう。
ロブスター星人の親を持っている分かるのは、宇宙ではわりと一般的な遺伝情報の『オーラ』である。『オーラ』というのは、中国で言うなら『気』のようなもので、体の周りを包んでいる。これは、星によって形状が違うので、宇宙総合病院などで検査すれば沙織や志保がロブスター星人の娘であることは明らかとなるだろう。
「じゃ、地球人とは変わりないわけ?」
大きく瞬きをして、沙織は自分の父親を見つめた。その表情からは困惑した様子だけが見て取れた。しかし、嫌悪や怒りといった感情は読み取れない。
「変わりないよ。今までだってどこか違ったところがあったかい?」
「……ないと思う」
シュリンパーは娘たちが話をちゃんと聞いてくれているだけでも驚くべきことだと思った。自分の父親がいきなり宇宙人だと言い出したら、ふざけるなと怒って席を立っても不思議ではない。
「ねえ、お父さん」
志保はにこにこと笑いながら、シュリンパーに語りかける。
「どうして今日、言おうと思ったの?」
それは、責めるような口調ではなく、ただ疑問に思ったことを口にしてみたという感じだった。小学生だが、なかなか鋭いところを突いてくる。
「それはね、」
「お父さんは転職を考えているからよ」
「!」
本当に驚いた時というのは、声も出ない。出たのは息を吸い込む音だけで、続く言葉が見つからない。シュリンパーが早紀を見ると、眩しいほどの笑顔を浮かべていた。
「あー、やっと直弥くん、打ち明けてくれたのねー」
早紀は紅茶を一口飲んで言葉を続ける。シュリンパーは早紀の言葉を反芻して茫然自失。もしかして、もしかして、もしかして、もしかし……
「私、知ってたもの」
してやったり、とばかりに早紀は悪戯っぽく微笑んだ。
「ややややや、やっぱりーーっ!」
娘たちも、母親につられて笑い出した。狼狽する父親の姿が彼女たちにも可愛らしく映ったようだった。
「だって、大学の時、原形に戻ったことあるでしょう?」
「ええっ?」
「四十度近い高熱を出して……一人暮らしのアパートに看病に行ったら、直弥くんが大きな海老になったんだもの。驚いたなぁ」
しみじみと懐かしそうに語る早紀に、シュリンパーは頭を抱えたくなった。そんな取り返しのつかない失態を犯していたとは知らなかった。体がぎりぎりまで弱ってしまうと、原形に戻ってしまうという知識はあったが、自分が実際に戻ったことがあるという自覚はなかった。
「いつ言ってくれるんだろうかって待ってたのよ」
シュリンパーは宇宙人だということを全く気にしない早紀を見て、ほっとした。同時に目じりから涙がこぼれる。頬を滑り落ちる雫をどうしたものかと思っていると、
「はい、ハンカチ」
沙織がハンカチを差し出した。シュリンパーは娘の変わりない優しさを感じて、更に泣きそうになってしまった。
「お父さん、紅茶のおかわりいる?」
志保はそういうと、新しい紅茶をカップに注いできたようだった。宇宙人だと打ち明けても何も変わらない。娘たちは自分を父親だと認めてくれている。
「ありがとう」
妻に向けて、娘たちに向けて、シュリンパーは心から感謝した。自分は宇宙一幸せな夫であり父親だと思う。きっとこの先、何があっても家族がいる限り、頑張れる。
「ねえ、直弥くん」
涙が止まったのを見計らって早紀はシュリンパーに言った。
「転職の話、聞かせてよ」
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