ものぐさや
悪役が主役の『戦隊もの』小説
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ブラック・サンダー物語(8)
時刻は六時半。日曜の朝の公園には、ブラック・サンダー第一の刺客、第一部隊レデッシュブラウンヘイルのシュリンパーと派遣のバイトで来た戦闘員、プランクトニアンたちの姿しかなかった。
「では、今日の流れについて説明するので集まってくださーい」
どこからともなくホワイトボードを取り出して、フエルトつぎ接ぎの怪人は二十人程の黒衣に身を包んだ戦闘員に説明を始めた。
「今日は私たちの組織の紹介もありますから、しっかり頑張りましょう」
シュリンパーこと小海老君は部下にも的確な指示を出す。伊達に化粧品の部署で責任者をしていたわけではない。
「我々は犯罪者ではありません。あくまでも悪の組織です。そこを間違えないようにしてくださいね」
そう、ブラック・サンダーは命に関わるような悪事は働かない。ちょっとイライラするような下らない活動ばかりしている。人に怪我をさせるという理由で怪人達の巨大化は行わないし、協会に属した悪の組織基本法を遵守する真っ当な悪の組織なのだ。
小海老君はプランクトニアン達と共に入念な下準備をして、交通戦隊『トラフィックレンジャー』を待った。公園の土の地面にふんわりと盛られた草で明らかに見え見えの落し穴に、公園の入口の車止めにはゴム段を巻き付けて足を引っ掛ける罠、水銀灯からは不自然な紐がぶら下がっていてひっぱると金だらいが落ちてくるような仕掛け。どれも事前に公園の管理者に許可をもらっている。落し穴は元に戻す方が大変だが、悪事の為にはそのような労苦は厭わない。
「引っ掛かるわけないけどな」
小海老君は周りに聞かれないように呟いた。
「どう考えたって、これは引っ掛からないよ」
ブラック・サンダーに在籍し、つぎはぎだらけのフエルト素材に身を包まれていても小海老の判断力は至極まともなものだった。しかし……
「うわーっ!」
公園の入口で若い男の声がした。トラレンとの待ち合わせの時間も近いが、まさかあんなベタな罠に、
「かかったのか……?」
呆れるとも感心ともとれる溜息をついて、ゴム段に足を絡ませて正面から転んだ男の後頭部を見つめた。
「ひ、卑怯者!」
若い男は伏臥上体反らしのような状態で叫んだ。全く恰好がつかない。
「卑怯者と相手を罵るよりも、自分の不注意を自覚しろよ」
「勢い込んで走るからだよー。馬鹿だなぁ」
倒れている若い男の傍に二人の男がやってきた。
「うちのがご迷惑おかけしました。私が『交通戦隊トラフィクレンジャー』のレッドこと赤田停です」
中肉中背でこれといった特長がない男、赤田が淡々とした口調で小海老君に挨拶した。熱血のねの字も感じることができない。彼は低血圧なので、朝のテンションは恐ろしく低い。
「僕がイエローこと黄川進です。よろしくお願いしますー」
総帥ほどではないが、黄川の身長は成人男性の平均よりもかなり低い。下から笑顔で見上げられて、小海老君も思わず笑顔になる。
「先輩達はなんでそんなに友好的なんですかっ! これから戦う敵なんですよ!
……えーっと、俺がトラフィックブルーこと青木渡だ!」
小海老君と赤田、黄川の三人は雑談をしていて、青木の抗議や自己紹介をまるで聞いていなかった。
「先輩ー、そろそろ助けてください!」
長時間の伏臥上体反らしは流石に腰に堪えるらしく、青木はしきりに腰を叩いている。赤田は青木の足に絡まったゴム段を解いてやった。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。二度目はないよ」
赤田の冷たいリアクションに、青木は大袈裟なアクションで解かれたゴムを指差して応えた。
「こんな見え透いた罠、俺はもうひっかかりません!」
「一度引っ掛かったのはどこの馬鹿〜?」
黄川の痛いツッコミには答えず、青木は公園内へと走り出した。一番先に行くことが優位だと捉らえる感覚は、幼稚園児とさして変わらない。
「ちくしょう、俺だっていいとこみせてやるんだー!」
そんな猪突猛進の青木が足元に注意している訳も無く。
「うぎゃーっ!」
助ける気を大幅に削ぐ悲鳴が聞こえてきた。
「まさか……」
小海老君は恐る恐る後ろを振り返ってみる。視線の先には誰も落ちるはずの無い落とし穴。
「何かあるんですか?」
穏やかに尋ねる赤田に青木の様子を見に行く意思は無い。
「トラップがあったり?」
まさかね、と笑いながら黄川は小海老君に聞いてみた。情けない青木の悲鳴は聞かなかったことにしたらしい。
「ええと、多分、青木さんは落とし穴に落ちたんだと思います。助けに行かなくていいんですか?」
落とし穴の中には別に槍や水が入っているというわけではない。そんなことしたら、元に戻す手間が倍になる。やわらかい草がクッションになって怪我をすることは無いと思うが、ついつい調子に乗って穴を深めに掘ってしまったので一人で脱出するのは難しい。
「先輩ー、助けてください!」
赤田と黄川の二人は助けを求められているのを完全に無視している。美味しいだしのとり方を熱心に討論している。
「私、青木さんを引き上げてきますね」
小海老君は誰も助けに行く様子が無いので、自ら助けに行くことにした。落とし穴を仕掛けて、落ちた相手を助けに行くというのはなんだか間抜けな話だ。
小海老君は落とし穴に駆け寄って、中を覗き込んでみた。
「…………」
涙目になっている青木と目が合ってしまった。
「あの、今、縄梯子下ろしますから」
なぜ、自分が敵を助けなきゃいけないのかと思いつつ、縄ばしごを近くの木に巻き付けて固定した。
「ゆっくり、焦らずに上ってくださいね」
捨てられた子犬のような瞳の青木に、気がつけば励ましの言葉をかけていた。やっと落し穴から抜け出した泥だらけ青年を見て、小海老君の良心が疼く。
「二度目はないって言ったろ?」
「本当に、後先考えないお馬鹿さんだねぇ」
赤田と黄川は青木の傍にやってきて、労るどころか心理的ダメージを与えている。もうそろそろ回復してやらないと、ブラック・サンダーと戦う前から戦闘不能だ。
「そ、そこまで言わなくても……」
恙無く、交通戦隊トラフックレンジャー『第一話、守れ! 交通規則』を進行したい小海老君はフォローに回ろうとした。戦隊ものが二人になってしまっては困るからだ。
「まぁ、あんなわざとらしい落し穴に落ちるなんて私も予測不可能でしたけど」
青木、戦闘不能まであと一歩。正直な小海老君の言葉が傷を深くえぐる。これなら「引っ掛かったなー、馬鹿め!」と悪役らしく罵ってくれた方がましだった。
「うちの馬鹿が本当にすいません」
赤田と黄川があまりにも申し訳なさそうに謝るので、小海老君は知らずの内にとどめの一言を口にしてしまった。
「ほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか」
小海老君はうっかり自分の子供を思い浮かべて言ってしまっただけだった。しかし、フエルト生地の海老に『馬鹿な子』と言われてしまった青木のダメージは計り知れない。
「俺は、俺は正義の味方失格だーっ!」
青木はむくりと起き上がったかと思うと、半泣きになりながら駆け出した。
「追わなくていいんですか?」
小海老君は心配そうに青木の後ろ姿を見ていたが、先輩二人組みは全く興味を示さない。
「飽きたら、帰ってきますから」
「もう一回くらいトラップに引っかかるんじゃないの?」
呆れたような二人は、第一回の台本読みを始めてしまった。本番まで時間が無いので、仕方なくまた小海老君が青木の面倒を見る羽目になる。
「あのー、そろそろ始めたいんで、勝手な行動をしないでください」
プランクトニアンの皆と共に、熱血青年を探す。青木は水銀灯の下に佇んでいた。
「俺は、なんてダメな奴なんだー!」
と、言ったかと思うと勢いあまってどこからともなく垂れ下がっている紐を引っ張ってしまう。
「それはっ!」
小海老君は、こんなにくだらない仕掛けに引っかかる青木をある意味尊敬しそうになった。
「痛えーっ!」
金だらいが青木の頭の上に落ちてきた。がつん、といい音がなる。戦隊ものではなく、まるでコント。イッツ、エンターテイメント。
「大丈夫ですか?」
頭を抑えてうずくまる青木に、小海老君は恐る恐る声をかけた。必死に笑いを堪えている。綿で出来た腹筋がふるふると震えている。
「あの、大丈夫になったら始めますから」
努めて冷静な声で小海老君は伝えると、公衆トイレに駆け込んだ。少し笑いを吐き出さないと笑い死ぬ。トラレンブルーは相手を死ぬ程笑わせる攻撃をするんじゃないかとちょっぴり思った。ウケ狙いではなく天然なら、今すぐ保護して特別天然記念物に指定して欲しい。
「じゃ、始めましょうか」
トイレから出てきた小海老君は冷静さを取り戻し、ここに、第一回『交通戦隊トラフィックレンジャー』を開始することを宣言した。
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「では、今日の流れについて説明するので集まってくださーい」
どこからともなくホワイトボードを取り出して、フエルトつぎ接ぎの怪人は二十人程の黒衣に身を包んだ戦闘員に説明を始めた。
「今日は私たちの組織の紹介もありますから、しっかり頑張りましょう」
シュリンパーこと小海老君は部下にも的確な指示を出す。伊達に化粧品の部署で責任者をしていたわけではない。
「我々は犯罪者ではありません。あくまでも悪の組織です。そこを間違えないようにしてくださいね」
そう、ブラック・サンダーは命に関わるような悪事は働かない。ちょっとイライラするような下らない活動ばかりしている。人に怪我をさせるという理由で怪人達の巨大化は行わないし、協会に属した悪の組織基本法を遵守する真っ当な悪の組織なのだ。
小海老君はプランクトニアン達と共に入念な下準備をして、交通戦隊『トラフィックレンジャー』を待った。公園の土の地面にふんわりと盛られた草で明らかに見え見えの落し穴に、公園の入口の車止めにはゴム段を巻き付けて足を引っ掛ける罠、水銀灯からは不自然な紐がぶら下がっていてひっぱると金だらいが落ちてくるような仕掛け。どれも事前に公園の管理者に許可をもらっている。落し穴は元に戻す方が大変だが、悪事の為にはそのような労苦は厭わない。
「引っ掛かるわけないけどな」
小海老君は周りに聞かれないように呟いた。
「どう考えたって、これは引っ掛からないよ」
ブラック・サンダーに在籍し、つぎはぎだらけのフエルト素材に身を包まれていても小海老の判断力は至極まともなものだった。しかし……
「うわーっ!」
公園の入口で若い男の声がした。トラレンとの待ち合わせの時間も近いが、まさかあんなベタな罠に、
「かかったのか……?」
呆れるとも感心ともとれる溜息をついて、ゴム段に足を絡ませて正面から転んだ男の後頭部を見つめた。
「ひ、卑怯者!」
若い男は伏臥上体反らしのような状態で叫んだ。全く恰好がつかない。
「卑怯者と相手を罵るよりも、自分の不注意を自覚しろよ」
「勢い込んで走るからだよー。馬鹿だなぁ」
倒れている若い男の傍に二人の男がやってきた。
「うちのがご迷惑おかけしました。私が『交通戦隊トラフィクレンジャー』のレッドこと赤田停です」
中肉中背でこれといった特長がない男、赤田が淡々とした口調で小海老君に挨拶した。熱血のねの字も感じることができない。彼は低血圧なので、朝のテンションは恐ろしく低い。
「僕がイエローこと黄川進です。よろしくお願いしますー」
総帥ほどではないが、黄川の身長は成人男性の平均よりもかなり低い。下から笑顔で見上げられて、小海老君も思わず笑顔になる。
「先輩達はなんでそんなに友好的なんですかっ! これから戦う敵なんですよ!
……えーっと、俺がトラフィックブルーこと青木渡だ!」
小海老君と赤田、黄川の三人は雑談をしていて、青木の抗議や自己紹介をまるで聞いていなかった。
「先輩ー、そろそろ助けてください!」
長時間の伏臥上体反らしは流石に腰に堪えるらしく、青木はしきりに腰を叩いている。赤田は青木の足に絡まったゴム段を解いてやった。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。二度目はないよ」
赤田の冷たいリアクションに、青木は大袈裟なアクションで解かれたゴムを指差して応えた。
「こんな見え透いた罠、俺はもうひっかかりません!」
「一度引っ掛かったのはどこの馬鹿〜?」
黄川の痛いツッコミには答えず、青木は公園内へと走り出した。一番先に行くことが優位だと捉らえる感覚は、幼稚園児とさして変わらない。
「ちくしょう、俺だっていいとこみせてやるんだー!」
そんな猪突猛進の青木が足元に注意している訳も無く。
「うぎゃーっ!」
助ける気を大幅に削ぐ悲鳴が聞こえてきた。
「まさか……」
小海老君は恐る恐る後ろを振り返ってみる。視線の先には誰も落ちるはずの無い落とし穴。
「何かあるんですか?」
穏やかに尋ねる赤田に青木の様子を見に行く意思は無い。
「トラップがあったり?」
まさかね、と笑いながら黄川は小海老君に聞いてみた。情けない青木の悲鳴は聞かなかったことにしたらしい。
「ええと、多分、青木さんは落とし穴に落ちたんだと思います。助けに行かなくていいんですか?」
落とし穴の中には別に槍や水が入っているというわけではない。そんなことしたら、元に戻す手間が倍になる。やわらかい草がクッションになって怪我をすることは無いと思うが、ついつい調子に乗って穴を深めに掘ってしまったので一人で脱出するのは難しい。
「先輩ー、助けてください!」
赤田と黄川の二人は助けを求められているのを完全に無視している。美味しいだしのとり方を熱心に討論している。
「私、青木さんを引き上げてきますね」
小海老君は誰も助けに行く様子が無いので、自ら助けに行くことにした。落とし穴を仕掛けて、落ちた相手を助けに行くというのはなんだか間抜けな話だ。
小海老君は落とし穴に駆け寄って、中を覗き込んでみた。
「…………」
涙目になっている青木と目が合ってしまった。
「あの、今、縄梯子下ろしますから」
なぜ、自分が敵を助けなきゃいけないのかと思いつつ、縄ばしごを近くの木に巻き付けて固定した。
「ゆっくり、焦らずに上ってくださいね」
捨てられた子犬のような瞳の青木に、気がつけば励ましの言葉をかけていた。やっと落し穴から抜け出した泥だらけ青年を見て、小海老君の良心が疼く。
「二度目はないって言ったろ?」
「本当に、後先考えないお馬鹿さんだねぇ」
赤田と黄川は青木の傍にやってきて、労るどころか心理的ダメージを与えている。もうそろそろ回復してやらないと、ブラック・サンダーと戦う前から戦闘不能だ。
「そ、そこまで言わなくても……」
恙無く、交通戦隊トラフックレンジャー『第一話、守れ! 交通規則』を進行したい小海老君はフォローに回ろうとした。戦隊ものが二人になってしまっては困るからだ。
「まぁ、あんなわざとらしい落し穴に落ちるなんて私も予測不可能でしたけど」
青木、戦闘不能まであと一歩。正直な小海老君の言葉が傷を深くえぐる。これなら「引っ掛かったなー、馬鹿め!」と悪役らしく罵ってくれた方がましだった。
「うちの馬鹿が本当にすいません」
赤田と黄川があまりにも申し訳なさそうに謝るので、小海老君は知らずの内にとどめの一言を口にしてしまった。
「ほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか」
小海老君はうっかり自分の子供を思い浮かべて言ってしまっただけだった。しかし、フエルト生地の海老に『馬鹿な子』と言われてしまった青木のダメージは計り知れない。
「俺は、俺は正義の味方失格だーっ!」
青木はむくりと起き上がったかと思うと、半泣きになりながら駆け出した。
「追わなくていいんですか?」
小海老君は心配そうに青木の後ろ姿を見ていたが、先輩二人組みは全く興味を示さない。
「飽きたら、帰ってきますから」
「もう一回くらいトラップに引っかかるんじゃないの?」
呆れたような二人は、第一回の台本読みを始めてしまった。本番まで時間が無いので、仕方なくまた小海老君が青木の面倒を見る羽目になる。
「あのー、そろそろ始めたいんで、勝手な行動をしないでください」
プランクトニアンの皆と共に、熱血青年を探す。青木は水銀灯の下に佇んでいた。
「俺は、なんてダメな奴なんだー!」
と、言ったかと思うと勢いあまってどこからともなく垂れ下がっている紐を引っ張ってしまう。
「それはっ!」
小海老君は、こんなにくだらない仕掛けに引っかかる青木をある意味尊敬しそうになった。
「痛えーっ!」
金だらいが青木の頭の上に落ちてきた。がつん、といい音がなる。戦隊ものではなく、まるでコント。イッツ、エンターテイメント。
「大丈夫ですか?」
頭を抑えてうずくまる青木に、小海老君は恐る恐る声をかけた。必死に笑いを堪えている。綿で出来た腹筋がふるふると震えている。
「あの、大丈夫になったら始めますから」
努めて冷静な声で小海老君は伝えると、公衆トイレに駆け込んだ。少し笑いを吐き出さないと笑い死ぬ。トラレンブルーは相手を死ぬ程笑わせる攻撃をするんじゃないかとちょっぴり思った。ウケ狙いではなく天然なら、今すぐ保護して特別天然記念物に指定して欲しい。
「じゃ、始めましょうか」
トイレから出てきた小海老君は冷静さを取り戻し、ここに、第一回『交通戦隊トラフィックレンジャー』を開始することを宣言した。
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