ものぐさや
悪役が主役の『戦隊もの』小説
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ブラック・サンダー物語(7)
ブラック・サンダーで小海老君が第一の刺客に決まった数日後……
いつものように、違反者の罰金の事務手続きをしようと、赤田停はパソコンを立ち上げた。赤田停はとある県警交通課に配属されたこれといって特長のない男だ。趣味と言えば、自宅から歩いて五分の図書館で読書、または勝ちも負けもしないパチスロくらいで人に言うほどの特技はない。
「赤田ー、署長がお呼びだぞ」
そう肩を叩かれても、「公務員だからリストラではないよな。俺、まだ二十八だし」とぼんやりと考えるだけだった。二十代としてはあまりにも老成している。ちょっと前に別れた彼女は「もっと何事にも熱くなる人がいいの……ごめん」と言っていたような気がする。彼女の浮気で別れた割に修羅場を経験しなかったのは、赤田の性格によるものだろう。
「失礼します」
署長室には二十代半ばと思しき男がいた。赤田より少し年下、といったところだろうか。明るい茶色の髪にグレーのスーツがよく似合う青年だった。しかし、新入社員とは言えない貫禄がある。とりあえず、署長でないのは確かだ。
「こんにちは、赤田停さん」
男は赤田に話し掛けて来た。正面から男の顔を見て、俗に言う「美形」ってやつかな、と赤田は思った。自分が署長室にいることに男は何も疑問に感じていないようだった。
「あの……私は署長に呼ばれてきたはずなんですが」
赤田は恐る恐る男に疑問を投げ掛けた。いつでも逃げられるように、すこしずつ、ドアに近づいていく。
「代わりに呼んでいただいたんです。貴方に用があるのは私ですから」
バタン、と音を立てて赤田の背後のドアが閉まった。慌てて、ドアノブを掴んで回すが、びくともしない。何だかよく分からないが、いきなり絶体絶命の大ピンチ。警察署内に不審者がいるなんて誰が思うだろうか。赤田は殉職って二階級特進だよな、と思った。
「実は重大なお話がありまして。貴方の他に二人呼んでいるんです」
開かないかと思ったドアはあっさりと開き、二人の男が入ってきた。
「あ、赤田〜」
「赤田さん!」
入ってきたのは小柄な三十歳くらいの男性と、二十代前半と思われる大柄な男性。
「黄川さん! それに青木!」
二人は交通課の先輩、黄川進と今年入ったばかりの新人、青木渡だった。
「署長室に呼び出しなんてびっくりだね〜」
おっとりと発言した黄川は今年で三十二歳。三児の父である彼は小柄ながらも空手、合気道に通じていて、交通課にいるのが不思議なほどに強い。柔和な顔立ちと体つきを舐めてかかり、検問では何人が公務執行妨害で捕まったか分からない。
「先輩も呼ばれたんですか?」
その黄川の後ろに立っているのは、警察官一年生の青木だ。立ても横も黄川よりずっと大きい。身長は一八〇センチを軽く超える。大学時代はラグビー部に在籍していたらしい。体育会系熱血青年だという専らの評判だ。
「皆さんが揃ったところで、お話させていただきますね」
赤田たちを呼び出したという男は、何が? どうして? つーか、あんたは誰? という疑問を跳ね返す笑顔がとてもさわやかだった。
「突然ではありますが、貴方たち三人には地球の平和を守っていただきます」
「…………」
「…………」
「…………」
結構、理不尽な辞令というのはある。しかし、地球の平和を守るというのはいかがなものかと三人は思った。っていうか、目の前にいるやつは誰だ? 警察署内に不審者なのか?
「来週の日曜朝八時半から始まる交通戦隊『トラフィックレンジャー』になっていただきます。ちなみに、略称はトラレンです」
署長室に静寂がながれる。窓から差し込む太陽の光が眩しい。
「赤田さんはレッド、黄川さんはイエロー、青木さんはブルーです」
「なんで俺がレッドなんでしょうか?」
「僕がイエローなの?」
「自分、ブルーなんですか?」
突っ込みたいことは山のようにあるが、上手く言えないので何故か自分の色決定について聞いてしまう。違う、そんなんじゃない。そんなことが聞きたいんじゃない。
「それは、貴方たちの名前からです。『赤田停』、『黄川進』、『青木渡』という名前は交通戦隊にぴったりなので、お願いすることにしました」
「なるほど、そういうわけですか」
納得したわけではないが、赤田は仕方がないので相手の話を聞くことに決めたようだ。
「戦っていただく相手は悪の組織『ブラック・サンダー』です。あ、そうそう申し遅れました……私は司令官のエックスです」
エックスと名乗る男はニッコリと微笑むと握手をするために右手を差し出した。
「まずは半年、よろしくお願いしますね」
あまりにも自然な動作で手を出されたので、赤田、黄川、青木はエックスと握手を交わしていた。エックスなどという名前は明らかに偽名。怪しすぎる。
「本部はここの地下の一室をお借りしました。連絡にはこれを使っていただきます」
そう言って、エックスが渡したのはトランシーバ。今時、携帯ではなくトランシーバ。正義の味方「〜戦隊」というのだったら、未来警察からの超小型高性能通信機とか、テレパシーが使えるようになる指輪とか不思議グッズを活用するんじゃないのか? と三人は思った。
「武器や乗り物は、自分で調達して下さいね」
にっこりと微笑むエックスは有無を言わせない。
「質問、いいですか?」
言葉もない二人に代わって、赤田は慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「時間外労働手当ては出ますか?」
「あ、赤田くん、現実的だね〜」
黄川は真面目に尋ねる赤田に感心した。徐々に正義の味方をすることの実感が湧いてきた黄川は『イエローはカレが好き〜♪』と鼻歌交じりに呟いている。一方、良くも悪くも常識人の青木はショックから抜け出せない様子だ。
「公務員のアルバイトは禁止されています。正義の味方はボランティアです。しかし、現物支給として、関連グッズなどは差し上げますね」
「あ、それ助かるな〜。僕は息子二人と娘が一人いるから……そういうのが好きな年頃なんだよ、今」
「先輩のお子さん、一番上の子は四月から小学校ですよね」
黄川と赤田はこの状況に順応したようだった。赤田は特にやることもない休日の朝に体を動かすだけだととらえ、黄川は自分の子供にかっこいいところを見せることができるのだからいいと思いはじめていた。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
今まで呆然として口も利けなかった青木がようやっと復活した。動揺を隠すことが出来ず、少し台詞を噛んでいる。
「なんで先輩方は正義の味方をやらされることに抵抗がないんですかっ! おかしいでしょうがっ!」
「そう言われても」
「別に嫌だと思わなかったよ?」
赤田、黄川の二人には正義の味方として必須の「特に細かいことには疑問を持たずにスルー」が身についているようだった。心の平和のためにも、青木には早く身につけて欲しいものである。
「今更、何を言われましても決定事項ですので」
エックスは青木の抗議など聞いてはいない。何を考えているのか分からない微笑がちょっと怖い。
「第一話の台本と衣装をお渡ししますね。では、来週の日曜日、よろしくお願いしますね」
エックスはそう言うと、三人に一つずつ紙袋を渡した。中には台本、衣装、それと『初心者のための正義の味方心得』が入っていた。『初心者のための正義の味方心得』は「初めてでも簡単! 貴方も立派な正義の味方になれる!」という帯のついた、正義の味方なら誰しもが一度は読んだことがあるというベストセラーだ。ちなみに(有)ブラック・サンダー発行で、第二十版まで出ている。
「それでは、また」
署長室から出て行くエックスを三人は止めることが出来なかった。渡された紙袋の中にトランシーバを入れて、赤田がぽつりと呟いた。
「ちょっと手抜きな正義の味方だよな……」
こうして、交通課の三人による交通戦隊『トラフィックレンジャー』は誕生したのだった。
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いつものように、違反者の罰金の事務手続きをしようと、赤田停はパソコンを立ち上げた。赤田停はとある県警交通課に配属されたこれといって特長のない男だ。趣味と言えば、自宅から歩いて五分の図書館で読書、または勝ちも負けもしないパチスロくらいで人に言うほどの特技はない。
「赤田ー、署長がお呼びだぞ」
そう肩を叩かれても、「公務員だからリストラではないよな。俺、まだ二十八だし」とぼんやりと考えるだけだった。二十代としてはあまりにも老成している。ちょっと前に別れた彼女は「もっと何事にも熱くなる人がいいの……ごめん」と言っていたような気がする。彼女の浮気で別れた割に修羅場を経験しなかったのは、赤田の性格によるものだろう。
「失礼します」
署長室には二十代半ばと思しき男がいた。赤田より少し年下、といったところだろうか。明るい茶色の髪にグレーのスーツがよく似合う青年だった。しかし、新入社員とは言えない貫禄がある。とりあえず、署長でないのは確かだ。
「こんにちは、赤田停さん」
男は赤田に話し掛けて来た。正面から男の顔を見て、俗に言う「美形」ってやつかな、と赤田は思った。自分が署長室にいることに男は何も疑問に感じていないようだった。
「あの……私は署長に呼ばれてきたはずなんですが」
赤田は恐る恐る男に疑問を投げ掛けた。いつでも逃げられるように、すこしずつ、ドアに近づいていく。
「代わりに呼んでいただいたんです。貴方に用があるのは私ですから」
バタン、と音を立てて赤田の背後のドアが閉まった。慌てて、ドアノブを掴んで回すが、びくともしない。何だかよく分からないが、いきなり絶体絶命の大ピンチ。警察署内に不審者がいるなんて誰が思うだろうか。赤田は殉職って二階級特進だよな、と思った。
「実は重大なお話がありまして。貴方の他に二人呼んでいるんです」
開かないかと思ったドアはあっさりと開き、二人の男が入ってきた。
「あ、赤田〜」
「赤田さん!」
入ってきたのは小柄な三十歳くらいの男性と、二十代前半と思われる大柄な男性。
「黄川さん! それに青木!」
二人は交通課の先輩、黄川進と今年入ったばかりの新人、青木渡だった。
「署長室に呼び出しなんてびっくりだね〜」
おっとりと発言した黄川は今年で三十二歳。三児の父である彼は小柄ながらも空手、合気道に通じていて、交通課にいるのが不思議なほどに強い。柔和な顔立ちと体つきを舐めてかかり、検問では何人が公務執行妨害で捕まったか分からない。
「先輩も呼ばれたんですか?」
その黄川の後ろに立っているのは、警察官一年生の青木だ。立ても横も黄川よりずっと大きい。身長は一八〇センチを軽く超える。大学時代はラグビー部に在籍していたらしい。体育会系熱血青年だという専らの評判だ。
「皆さんが揃ったところで、お話させていただきますね」
赤田たちを呼び出したという男は、何が? どうして? つーか、あんたは誰? という疑問を跳ね返す笑顔がとてもさわやかだった。
「突然ではありますが、貴方たち三人には地球の平和を守っていただきます」
「…………」
「…………」
「…………」
結構、理不尽な辞令というのはある。しかし、地球の平和を守るというのはいかがなものかと三人は思った。っていうか、目の前にいるやつは誰だ? 警察署内に不審者なのか?
「来週の日曜朝八時半から始まる交通戦隊『トラフィックレンジャー』になっていただきます。ちなみに、略称はトラレンです」
署長室に静寂がながれる。窓から差し込む太陽の光が眩しい。
「赤田さんはレッド、黄川さんはイエロー、青木さんはブルーです」
「なんで俺がレッドなんでしょうか?」
「僕がイエローなの?」
「自分、ブルーなんですか?」
突っ込みたいことは山のようにあるが、上手く言えないので何故か自分の色決定について聞いてしまう。違う、そんなんじゃない。そんなことが聞きたいんじゃない。
「それは、貴方たちの名前からです。『赤田停』、『黄川進』、『青木渡』という名前は交通戦隊にぴったりなので、お願いすることにしました」
「なるほど、そういうわけですか」
納得したわけではないが、赤田は仕方がないので相手の話を聞くことに決めたようだ。
「戦っていただく相手は悪の組織『ブラック・サンダー』です。あ、そうそう申し遅れました……私は司令官のエックスです」
エックスと名乗る男はニッコリと微笑むと握手をするために右手を差し出した。
「まずは半年、よろしくお願いしますね」
あまりにも自然な動作で手を出されたので、赤田、黄川、青木はエックスと握手を交わしていた。エックスなどという名前は明らかに偽名。怪しすぎる。
「本部はここの地下の一室をお借りしました。連絡にはこれを使っていただきます」
そう言って、エックスが渡したのはトランシーバ。今時、携帯ではなくトランシーバ。正義の味方「〜戦隊」というのだったら、未来警察からの超小型高性能通信機とか、テレパシーが使えるようになる指輪とか不思議グッズを活用するんじゃないのか? と三人は思った。
「武器や乗り物は、自分で調達して下さいね」
にっこりと微笑むエックスは有無を言わせない。
「質問、いいですか?」
言葉もない二人に代わって、赤田は慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「時間外労働手当ては出ますか?」
「あ、赤田くん、現実的だね〜」
黄川は真面目に尋ねる赤田に感心した。徐々に正義の味方をすることの実感が湧いてきた黄川は『イエローはカレが好き〜♪』と鼻歌交じりに呟いている。一方、良くも悪くも常識人の青木はショックから抜け出せない様子だ。
「公務員のアルバイトは禁止されています。正義の味方はボランティアです。しかし、現物支給として、関連グッズなどは差し上げますね」
「あ、それ助かるな〜。僕は息子二人と娘が一人いるから……そういうのが好きな年頃なんだよ、今」
「先輩のお子さん、一番上の子は四月から小学校ですよね」
黄川と赤田はこの状況に順応したようだった。赤田は特にやることもない休日の朝に体を動かすだけだととらえ、黄川は自分の子供にかっこいいところを見せることができるのだからいいと思いはじめていた。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
今まで呆然として口も利けなかった青木がようやっと復活した。動揺を隠すことが出来ず、少し台詞を噛んでいる。
「なんで先輩方は正義の味方をやらされることに抵抗がないんですかっ! おかしいでしょうがっ!」
「そう言われても」
「別に嫌だと思わなかったよ?」
赤田、黄川の二人には正義の味方として必須の「特に細かいことには疑問を持たずにスルー」が身についているようだった。心の平和のためにも、青木には早く身につけて欲しいものである。
「今更、何を言われましても決定事項ですので」
エックスは青木の抗議など聞いてはいない。何を考えているのか分からない微笑がちょっと怖い。
「第一話の台本と衣装をお渡ししますね。では、来週の日曜日、よろしくお願いしますね」
エックスはそう言うと、三人に一つずつ紙袋を渡した。中には台本、衣装、それと『初心者のための正義の味方心得』が入っていた。『初心者のための正義の味方心得』は「初めてでも簡単! 貴方も立派な正義の味方になれる!」という帯のついた、正義の味方なら誰しもが一度は読んだことがあるというベストセラーだ。ちなみに(有)ブラック・サンダー発行で、第二十版まで出ている。
「それでは、また」
署長室から出て行くエックスを三人は止めることが出来なかった。渡された紙袋の中にトランシーバを入れて、赤田がぽつりと呟いた。
「ちょっと手抜きな正義の味方だよな……」
こうして、交通課の三人による交通戦隊『トラフィックレンジャー』は誕生したのだった。
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