ものぐさや
悪役が主役の『戦隊もの』小説
ブラック・サンダー物語(11)
「お疲れ様でした」
血のりを拭きつつ、小海老君は赤田と黄川、青木に声をかけた。頭の悪そうな怪人の片鱗はない。
「お疲れ様でした」
「朝早くから、お互い大変でしたね〜」
レッドとイエローはすっかり小海老君と仲良くなったらしく、メアドや番号を交換している。たぶん、再び戦うことはないので、友人関係になっても支障はないのだ。
「先輩たちはなんで、悪の組織と仲良くするんですかっ?」
「話が合いそうだから」
と、赤田はそっけなく答えた。
「子持ちの親としてはいろいろ聞きたいことがあってね」
と、黄川も青木には目もくれず答える。
「俺だけ仲間はずれにしてーっ!」
騒ぐ青木に構うことなく、ブラック・サンダーの面々とトラレンの三人は公園を後にした。
「それでは、また」
小海老君はプランクトニアンたちを引き連れて、秘密基地へと戻っていった。
「ブラック・サンダーっていい人多そうですね」
赤田が小海老君の後姿を見送って、思わず呟いた。
「来週も、頑張らないとね」
正義の味方がいなきゃ、彼らは活動できないしさ、と黄川は思った。子供にも自慢できるし、戦隊もののヒーローも悪くない。
「俺の休日を返せー!」
青木の魂の叫びを二人は全く意に介さない。あまりうるさくて近所迷惑なようならば、一発殴って黙らせればいいかと赤田は考えている。
そうして、交通戦隊トラフィックレンジャーとなった三人はそれぞれの帰路についた。
※ ※ ※
小海老君はブラック・サンダー本部直通のエレベーターの中で、ほっと一息ついた。
「やっと終わった……」
無事、自分の出番を終えることが出来て良かったと思う。全国ネットで自分の姿が放映されるのを考えると嬉しい。が、
「第一回、ちょっと悪事がいまいちだったかな」
事前にブルーが下らない悪事の半分には引っかかってしまったために、番組中の悪事がやや物足りないものになってしまった気がする。
総帥室のドアを軽くノックする。
「入ってください」
中からカーくんが答える。レポートの入ったファイルを持ち直して、ドアを開ける。
「失礼します」
部屋の中には革張りの椅子に腰掛け、ペルシャ猫と猫じゃらしで遊ぶ総帥とその様子を優しく見つめるカーくんがいた。上司ということも忘れ、小海老君は二人の微笑ましい様子を眺めてしまった。
「あ、おかえりー!」
椅子から勢いよく立ち上がり、総帥は小海老君に駆け寄った。フエルトの生地に顔をうずめるようにして抱きつき、小海老君の無事を喜んでいる。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも、小海老君はお礼を言う。カーくんの視線が心もち怖い。
「総帥、そのくらいにしてください」
「やだー」
フエルトの感触が気に入ったらしく、総帥は小海老君を放そうとしない。
「シュリンパー、報告書は?」
氷点下に突き落とすような声でカーくんは声をかける。抱きしめられたままの小海老君はファイルを差し出す。
「ご苦労様でした。明日からはまた、化粧品の部門で頑張ってくださいね」
とっとと出て行けと言外に言われているのを自覚しつつも、小海老君は動けないでいる。
「また、頑張ってね」
こんな可愛らしい総帥の為に、仕事に励むのも悪くないと小海老君は思った。
二人を複雑な顔で見つめたカーくんは、
「また、エックスとして指令出さなくちゃいけませんね」
と、総帥につくづく甘いと自覚しながらも呟いた。
今日も、総帥の為にブラック・サンダーは悪事にいそしむ。頑張れ、我らがブラック・サンダー!
<了>
(10)に戻る
血のりを拭きつつ、小海老君は赤田と黄川、青木に声をかけた。頭の悪そうな怪人の片鱗はない。
「お疲れ様でした」
「朝早くから、お互い大変でしたね〜」
レッドとイエローはすっかり小海老君と仲良くなったらしく、メアドや番号を交換している。たぶん、再び戦うことはないので、友人関係になっても支障はないのだ。
「先輩たちはなんで、悪の組織と仲良くするんですかっ?」
「話が合いそうだから」
と、赤田はそっけなく答えた。
「子持ちの親としてはいろいろ聞きたいことがあってね」
と、黄川も青木には目もくれず答える。
「俺だけ仲間はずれにしてーっ!」
騒ぐ青木に構うことなく、ブラック・サンダーの面々とトラレンの三人は公園を後にした。
「それでは、また」
小海老君はプランクトニアンたちを引き連れて、秘密基地へと戻っていった。
「ブラック・サンダーっていい人多そうですね」
赤田が小海老君の後姿を見送って、思わず呟いた。
「来週も、頑張らないとね」
正義の味方がいなきゃ、彼らは活動できないしさ、と黄川は思った。子供にも自慢できるし、戦隊もののヒーローも悪くない。
「俺の休日を返せー!」
青木の魂の叫びを二人は全く意に介さない。あまりうるさくて近所迷惑なようならば、一発殴って黙らせればいいかと赤田は考えている。
そうして、交通戦隊トラフィックレンジャーとなった三人はそれぞれの帰路についた。
※ ※ ※
小海老君はブラック・サンダー本部直通のエレベーターの中で、ほっと一息ついた。
「やっと終わった……」
無事、自分の出番を終えることが出来て良かったと思う。全国ネットで自分の姿が放映されるのを考えると嬉しい。が、
「第一回、ちょっと悪事がいまいちだったかな」
事前にブルーが下らない悪事の半分には引っかかってしまったために、番組中の悪事がやや物足りないものになってしまった気がする。
総帥室のドアを軽くノックする。
「入ってください」
中からカーくんが答える。レポートの入ったファイルを持ち直して、ドアを開ける。
「失礼します」
部屋の中には革張りの椅子に腰掛け、ペルシャ猫と猫じゃらしで遊ぶ総帥とその様子を優しく見つめるカーくんがいた。上司ということも忘れ、小海老君は二人の微笑ましい様子を眺めてしまった。
「あ、おかえりー!」
椅子から勢いよく立ち上がり、総帥は小海老君に駆け寄った。フエルトの生地に顔をうずめるようにして抱きつき、小海老君の無事を喜んでいる。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも、小海老君はお礼を言う。カーくんの視線が心もち怖い。
「総帥、そのくらいにしてください」
「やだー」
フエルトの感触が気に入ったらしく、総帥は小海老君を放そうとしない。
「シュリンパー、報告書は?」
氷点下に突き落とすような声でカーくんは声をかける。抱きしめられたままの小海老君はファイルを差し出す。
「ご苦労様でした。明日からはまた、化粧品の部門で頑張ってくださいね」
とっとと出て行けと言外に言われているのを自覚しつつも、小海老君は動けないでいる。
「また、頑張ってね」
こんな可愛らしい総帥の為に、仕事に励むのも悪くないと小海老君は思った。
二人を複雑な顔で見つめたカーくんは、
「また、エックスとして指令出さなくちゃいけませんね」
と、総帥につくづく甘いと自覚しながらも呟いた。
今日も、総帥の為にブラック・サンダーは悪事にいそしむ。頑張れ、我らがブラック・サンダー!
<了>
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ブラック・サンダー物語(10)
「交通ルールをやぶってやれ!」
小海老君の号令で待機していたプランクトニアンたちは一斉にささいな嫌がらせレベルの悪事を開始した。
「きーっ」
「ききっ」
いつの間にか学ランとセーラー服に着替えたプランクトニアン二人組は、荷台付きの自転車で二人乗りを始めた。もちろんセーラー服の方が荷台に横座りして、学ランの腰に手を回している。一昔前の青春ドラマのようだ。
「きーっ」
また、他の所ではプランクトニアンが横断歩道の指導員が使用する旗を『ぶらっく・さんだー』というロゴ入りのものにしている。文字はやけに達筆な行書体だ。旗の縁には光を反射する布が付いていて、なかなか機能的だ。
「きーっ!」
青春ちゃりんこ二人乗りの所に、第二のセーラー服が現れて、ちょっとした修羅場になっていた。方向性が何か違って来ている。
「なんて酷いことを!」
ようやく目覚めたブルーは、起き上がって叫んだ。彼は、下っ端戦闘員との戦いでは全く役に立たなかったので、気を失ってもらっていた。しかし、彼には彼の役割がある。
「悪事は俺たちが許さない!」
そう、状況把握の下手なブルーだけが無理矢理、場面転換となるような台詞を叫べるのだ。レッドやイエローならささいな悪事などには気にもかけない。
「起きたか」
「はいっ! 大丈夫でありますっ!」
先程の失敗を取り替えそうと必死のブルーにイエローは悪意もなく、
「寝ててくれた方がよかったのにー」
と切り捨てた。
「うっ」
ブルーは涙目だ。しかし、正義の味方は泣いてはいけない。と、いうよりも仮にも社会人の男が泣くのは鬱陶しいことこの上ない。
「起きているのなら、働けよ」
いたわり指数0の言葉をレッドが投げ掛ける。ここまで大事にされないのは可哀相だとプランクトニアンたちはブルーに哀れみの眼差しを向ける。
「そんな目で見るなぁっ!」
無意味に手を振りながらブルーは後ずさった。石に躓いて、後ろから倒れ込み、後頭部を地面に強か打ち付ける。今度は人為的なものではないので、当分目を覚ますことはないだろう。親切なプランクトニアンがたんこぶを氷嚢で冷やし、頭の下に敷くものを用意している。
「交通整理ホイッスルで対応ですかね」
「それが一番妥当なんじゃない?」
レッドとイエローは顔を見合わせて、同時に笛を取り出した。ブルーの方をちらっと見て、世話をしてくれているプランクトニアンたちに軽く会釈してから、馬鹿馬鹿しい悪事を繰り広げる現場に向かった。
――――ピピーッ!
「前ならえっ」
プランクトニアンたちは思わず整列してしまう。よく訓練されている。
「赤信号のときは渡らないで下さい」
尚も渡ろうとするプランクトニアンたちを上手に整理しながら、レッドは声をかける。走り出そうとする団体を落ち着かせ、まとめることが出来るのは、レッドが全く動揺からだろう。学生時代にイベントスタッフのバイトをしていた経験も大いに役に立っている。
「危ないですからね」
『ぶらっく・さんだー』と書き換えられた交通指導員の旗を持ち、信号が青になったのを確認してプランクトニアンを誘導する。横断歩道からはみ出さないように手際よく指示を出されて、うっかりプランクトニアンたちは従ってしまったようである。
ちなみに、古かった旗を一新してもらったので、付近の住民はブラック・サンダーにお礼状を出すことになるが、それはまた別の話。
「は〜い、自転車の二人乗りは長野以外では禁止されてるんだよ〜」
一方、イエローは青春自転車二人乗りに声をかけている。自転車の定員は都道府県条令で決まっているので、青春の一ページとして世間的な認知があっても、条例違反には違いない。
「きーっ!」
「きしゃーっ!」
学ランプランクトニアンをセーラー服プランクトニアン一と二が争っている。学ランは困ったように二人を見つめておろおろするばかりで、このままだと血を見るかもしれない。
「喧嘩はやめてね〜」
イエローがにこにことしながら止めに入る。さりげなく、セーラー服一と二の間に割って入り、学ランを自分の後ろに保護する。
「二人とも、この学ラン君が好きなのは分かったからさ……落ち着いて近くのファミレスで話し合った方がいいよ、ね?」
にこっ笑って、荷台から降りようとしないセーラー服一に手を差し出した。子持ちの男とは思えないあどけない笑顔は乙女の心にクリーンヒットしたようだ。
「きー」
躊躇いつつも、セーラー服一はイエローの手に自分の手を重ね、荷台から降りた。戦闘員専用の全身タイツを着用しているために、顔色はよく分からない。
「じゃ、ファミレスまでは三人で歩いて行ってね。車に気をつけてね」
「「「きー」」」
三人がファミレスへ歩いて行くのを確認してから、イエローはレッドと合流した。
「だいたい片付いた?」
交通指導を終えたレッドにイエローは声をかける。
「ええ、何とか。そちらも片付いたみたいですね」
「あの位の年頃って難しいからねぇ」
苦笑したイエローは確かに父親の顔だった。
「では、仕上げにかかりますか」
「そうだね〜」
プランクトニアンたちの作戦は失敗し、残るは小海老君のみとなった。ちょっと縒れたフエルト生地に疲れが見える。
「こうなったら、俺が行くしかないか」
構えはなかなか堂に入っている。悪役たるもの、しっかり受身を取れなくてはいけない。そのため、小海老君は一通りの武道を学んでから、ブラック・サンダーに入社したのだ。
「二対一って卑怯ですよね」
ぼそっとレッドが呟く。
「でもさ、仕方ないよ。正義の味方は複数で悪役を袋叩きにしなきゃいけないんだから」
でも、ちょっと疑問には思うよね、とイエローも言う。小海老君は必死に聞こえない振りをした。聞いてはいけない。突っ込んではいけない。それが、戦隊もののお約束なのだから。
「ごちゃごちゃぬかすな!」
会話を強引に遮って、小海老君は叫んだ。
「青いのを返してやろう!」
せめて、最後くらいは三人そろえないとまずい。プランクトニアンたちにブルーをたたき起こさせた。ふらつくブルーの胸倉を掴み、ちゃんと戦えることを確認してから、やや乱暴にレッドとイエローの元に押しやった。
「返していただかなくても」
「う〜ん、足手まといだねぇ」
ブルーを返されることに疑問を感じながらも、レッドとイエローは一応三人揃ったので、決めポーズをとる。
「「「交通戦隊トラフィックレンジャー!」」」
レッドとイエローは特殊警棒を持って、小海老君に走り寄った。しかし、小海老君も流石に素手で戦うわけもなく大ぶりで装飾のやたらと多い剣をもっている。二人の攻撃を受け流して、振り返り、再び向き合う。
「やぁーっ!」
今度は掛け声をかけて、小海老君から襲い掛かる。狙いはレッド。二人同時などということは出来ないので、イエローからの攻撃は覚悟している。レッドは小海老君の剣を警棒で受け止める。冷静に戦局を考えつつ、小海老君をまっすぐ見返すレッドは戦うこと自体は嫌いではないようだった。
力のバランスをわざと崩されて、小海老君の重心が少し前に傾いた。そこを見逃さず、レッドは体を沈めて足払いをかけた。堪らずに小海老君は地面に膝をつく。
「くうっ」
イエローはレッドと小海老君の戦いに手を出さず、ただ見守っていた。本来なら、ここで参戦していなければならないのだが、二人の勝負を邪魔したくなかったのだ。
「先輩っ、とどめです!」
余計なところでブルーが叫ぶ。空気の読めないブルーをイエローはぶん殴りたい気持ちになった。しかし、もうそろそろ終わらせないといけないのも事実だ。
「レッド、仕方ないけど、やらないと」
「そうだね」
ちょっと心残りだが、仕上げをしないといつまでたっても終わらない。
「「「奥義・警察手帳ビーム!」」」
虹色に輝く光の束が三人の警察手帳からあふれ出し、小海老君へと襲いかかる。膨大なエネルギーが球状になって包み込み、空へと上っていく
「うわぁーっ!」
小海老君の悲鳴が響き渡る。ちょっと間抜けで、情けない声だが、捨て台詞は忘れない。
「覚えてろーっ! ブラック・サンダーは必ずやお前たちを倒してみせるっ!」
そうして、小海老君の姿は見えなくなった。
「終わりましたね」
「まだ続くみたいだね」
レッドとイエローは何だか後味の悪さを感じていたが、ブルーだけは晴れ晴れと笑っていた。なんだかまとまりの無い三人組ではあったが、彼らは街の平和を守るために奔走するのであった。
(11)へすすむ
(9)へもどる
小海老君の号令で待機していたプランクトニアンたちは一斉にささいな嫌がらせレベルの悪事を開始した。
「きーっ」
「ききっ」
いつの間にか学ランとセーラー服に着替えたプランクトニアン二人組は、荷台付きの自転車で二人乗りを始めた。もちろんセーラー服の方が荷台に横座りして、学ランの腰に手を回している。一昔前の青春ドラマのようだ。
「きーっ」
また、他の所ではプランクトニアンが横断歩道の指導員が使用する旗を『ぶらっく・さんだー』というロゴ入りのものにしている。文字はやけに達筆な行書体だ。旗の縁には光を反射する布が付いていて、なかなか機能的だ。
「きーっ!」
青春ちゃりんこ二人乗りの所に、第二のセーラー服が現れて、ちょっとした修羅場になっていた。方向性が何か違って来ている。
「なんて酷いことを!」
ようやく目覚めたブルーは、起き上がって叫んだ。彼は、下っ端戦闘員との戦いでは全く役に立たなかったので、気を失ってもらっていた。しかし、彼には彼の役割がある。
「悪事は俺たちが許さない!」
そう、状況把握の下手なブルーだけが無理矢理、場面転換となるような台詞を叫べるのだ。レッドやイエローならささいな悪事などには気にもかけない。
「起きたか」
「はいっ! 大丈夫でありますっ!」
先程の失敗を取り替えそうと必死のブルーにイエローは悪意もなく、
「寝ててくれた方がよかったのにー」
と切り捨てた。
「うっ」
ブルーは涙目だ。しかし、正義の味方は泣いてはいけない。と、いうよりも仮にも社会人の男が泣くのは鬱陶しいことこの上ない。
「起きているのなら、働けよ」
いたわり指数0の言葉をレッドが投げ掛ける。ここまで大事にされないのは可哀相だとプランクトニアンたちはブルーに哀れみの眼差しを向ける。
「そんな目で見るなぁっ!」
無意味に手を振りながらブルーは後ずさった。石に躓いて、後ろから倒れ込み、後頭部を地面に強か打ち付ける。今度は人為的なものではないので、当分目を覚ますことはないだろう。親切なプランクトニアンがたんこぶを氷嚢で冷やし、頭の下に敷くものを用意している。
「交通整理ホイッスルで対応ですかね」
「それが一番妥当なんじゃない?」
レッドとイエローは顔を見合わせて、同時に笛を取り出した。ブルーの方をちらっと見て、世話をしてくれているプランクトニアンたちに軽く会釈してから、馬鹿馬鹿しい悪事を繰り広げる現場に向かった。
――――ピピーッ!
「前ならえっ」
プランクトニアンたちは思わず整列してしまう。よく訓練されている。
「赤信号のときは渡らないで下さい」
尚も渡ろうとするプランクトニアンたちを上手に整理しながら、レッドは声をかける。走り出そうとする団体を落ち着かせ、まとめることが出来るのは、レッドが全く動揺からだろう。学生時代にイベントスタッフのバイトをしていた経験も大いに役に立っている。
「危ないですからね」
『ぶらっく・さんだー』と書き換えられた交通指導員の旗を持ち、信号が青になったのを確認してプランクトニアンを誘導する。横断歩道からはみ出さないように手際よく指示を出されて、うっかりプランクトニアンたちは従ってしまったようである。
ちなみに、古かった旗を一新してもらったので、付近の住民はブラック・サンダーにお礼状を出すことになるが、それはまた別の話。
「は〜い、自転車の二人乗りは長野以外では禁止されてるんだよ〜」
一方、イエローは青春自転車二人乗りに声をかけている。自転車の定員は都道府県条令で決まっているので、青春の一ページとして世間的な認知があっても、条例違反には違いない。
「きーっ!」
「きしゃーっ!」
学ランプランクトニアンをセーラー服プランクトニアン一と二が争っている。学ランは困ったように二人を見つめておろおろするばかりで、このままだと血を見るかもしれない。
「喧嘩はやめてね〜」
イエローがにこにことしながら止めに入る。さりげなく、セーラー服一と二の間に割って入り、学ランを自分の後ろに保護する。
「二人とも、この学ラン君が好きなのは分かったからさ……落ち着いて近くのファミレスで話し合った方がいいよ、ね?」
にこっ笑って、荷台から降りようとしないセーラー服一に手を差し出した。子持ちの男とは思えないあどけない笑顔は乙女の心にクリーンヒットしたようだ。
「きー」
躊躇いつつも、セーラー服一はイエローの手に自分の手を重ね、荷台から降りた。戦闘員専用の全身タイツを着用しているために、顔色はよく分からない。
「じゃ、ファミレスまでは三人で歩いて行ってね。車に気をつけてね」
「「「きー」」」
三人がファミレスへ歩いて行くのを確認してから、イエローはレッドと合流した。
「だいたい片付いた?」
交通指導を終えたレッドにイエローは声をかける。
「ええ、何とか。そちらも片付いたみたいですね」
「あの位の年頃って難しいからねぇ」
苦笑したイエローは確かに父親の顔だった。
「では、仕上げにかかりますか」
「そうだね〜」
プランクトニアンたちの作戦は失敗し、残るは小海老君のみとなった。ちょっと縒れたフエルト生地に疲れが見える。
「こうなったら、俺が行くしかないか」
構えはなかなか堂に入っている。悪役たるもの、しっかり受身を取れなくてはいけない。そのため、小海老君は一通りの武道を学んでから、ブラック・サンダーに入社したのだ。
「二対一って卑怯ですよね」
ぼそっとレッドが呟く。
「でもさ、仕方ないよ。正義の味方は複数で悪役を袋叩きにしなきゃいけないんだから」
でも、ちょっと疑問には思うよね、とイエローも言う。小海老君は必死に聞こえない振りをした。聞いてはいけない。突っ込んではいけない。それが、戦隊もののお約束なのだから。
「ごちゃごちゃぬかすな!」
会話を強引に遮って、小海老君は叫んだ。
「青いのを返してやろう!」
せめて、最後くらいは三人そろえないとまずい。プランクトニアンたちにブルーをたたき起こさせた。ふらつくブルーの胸倉を掴み、ちゃんと戦えることを確認してから、やや乱暴にレッドとイエローの元に押しやった。
「返していただかなくても」
「う〜ん、足手まといだねぇ」
ブルーを返されることに疑問を感じながらも、レッドとイエローは一応三人揃ったので、決めポーズをとる。
「「「交通戦隊トラフィックレンジャー!」」」
レッドとイエローは特殊警棒を持って、小海老君に走り寄った。しかし、小海老君も流石に素手で戦うわけもなく大ぶりで装飾のやたらと多い剣をもっている。二人の攻撃を受け流して、振り返り、再び向き合う。
「やぁーっ!」
今度は掛け声をかけて、小海老君から襲い掛かる。狙いはレッド。二人同時などということは出来ないので、イエローからの攻撃は覚悟している。レッドは小海老君の剣を警棒で受け止める。冷静に戦局を考えつつ、小海老君をまっすぐ見返すレッドは戦うこと自体は嫌いではないようだった。
力のバランスをわざと崩されて、小海老君の重心が少し前に傾いた。そこを見逃さず、レッドは体を沈めて足払いをかけた。堪らずに小海老君は地面に膝をつく。
「くうっ」
イエローはレッドと小海老君の戦いに手を出さず、ただ見守っていた。本来なら、ここで参戦していなければならないのだが、二人の勝負を邪魔したくなかったのだ。
「先輩っ、とどめです!」
余計なところでブルーが叫ぶ。空気の読めないブルーをイエローはぶん殴りたい気持ちになった。しかし、もうそろそろ終わらせないといけないのも事実だ。
「レッド、仕方ないけど、やらないと」
「そうだね」
ちょっと心残りだが、仕上げをしないといつまでたっても終わらない。
「「「奥義・警察手帳ビーム!」」」
虹色に輝く光の束が三人の警察手帳からあふれ出し、小海老君へと襲いかかる。膨大なエネルギーが球状になって包み込み、空へと上っていく
「うわぁーっ!」
小海老君の悲鳴が響き渡る。ちょっと間抜けで、情けない声だが、捨て台詞は忘れない。
「覚えてろーっ! ブラック・サンダーは必ずやお前たちを倒してみせるっ!」
そうして、小海老君の姿は見えなくなった。
「終わりましたね」
「まだ続くみたいだね」
レッドとイエローは何だか後味の悪さを感じていたが、ブルーだけは晴れ晴れと笑っていた。なんだかまとまりの無い三人組ではあったが、彼らは街の平和を守るために奔走するのであった。
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ブラック・サンダー物語(9)
「はーはっはっはっ」
平和な街に響き渡る邪悪な笑い声。
「悪の組織『ブラック・サンダー』が地球を支配してくれるわ!」
脈絡もなく、そして誰に向かってでもなく怪人は叫ぶ。地球の支配宣言は開会宣言のようなものなので、必ずシリーズ開始時にはしなくてならない(悪役基本法第二十条)本当に支配下に置きたいと思っているならば、水面下でことを運ぶ方が余程効率がよいに決まっている。
「まずは、信号無視をして交通規則をやぶってやれ!」
怪人の号令で、プランクトニアンたちは赤信号の横断歩道を渡りだした。まさに「赤信号みんなで渡れば怖くない」といったところだろうか。
「いちに、いちに」
プランクトニアンはしっかりと隊列を組んで、一糸乱れぬ足並みだ。下っ端悪役おなじみの、全身タイツに身を包んでいるために、姿勢の良さが際立つ。
「待て待て待てーっ!」
岡っ引のような掛け声と共に現れたのは、若い警察官。どこと無く疲れが見てとれるが、そこは勢いでカバー。
「信号無視はいけませんよ」
「みんなの迷惑になるからねー」
後から駆け付けた二人は、状況を眺め遣ってのんびりとコメント。三人揃ったのを確認してから、怪人は思い出したように問い掛ける。
「お前達は誰だっ!」
そんなことを聞かず、不意打ちでやっつければよいだが、それは悪役の美学に反する。
「俺達は街の平和を護る『交通戦隊トラフィックレンジャー』です」
三人の中でリーダーと思しき男が口を開く。それ程やる気のなさそうなところが正義の味方らしくない。最初に来た若い男が「先輩、もっと元気よくやってくださいよ」と囁いている。
「「「チェンジ!」」」
三人の警察官は七色の光りに包まれ、ぴったりとした正義の味方の衣装に着替えていた。空気中の正義のエネルギーを体の表面に付着させているという説もあるが、真偽の程は定かではない。
「トラフィック・レッド」
落ち着いた声でトラフィック・レッドこと赤田停は告げた。中肉中背のあまり特徴もやる気も無いリーダーである。
「トラフィック・イエロ〜」
交通戦隊のイエローは女の子ではなく、三児の父親の黄川進だ。童顔ではあるが、三人の中では一番年長である。
「トラフィック・ブルー!」
三人の中で一番若く暑苦しいほどの熱血系、青木渡は声を張り上げた。決めポーズも一人でとっているが、ちょっと腰が引けている。
「何っ! 我らブラック・サンダーの邪魔をするのか!」
三人の変身を辛抱強く待って、怪人は声をかける。
「仕方があるまい、『第一部隊レディッシュブラウン・ヘイル所属のシュリンパー』が相手をしてやろう」
自分の名前を2重かぎ括弧……いや、画面の下のテロップに出してもらうために、シュリンパーは所属部隊と名前を強調した。第一回で負けたら、もう出ることは無いだろう。お父さんは頑張っているということを家族に伝えるためにも、ここだけはしっかり言っておかなくてはならない。
「第一部隊、海老茶色の雹所属の小海老君?」
イエローがぼそっと日本語訳。そもそも、戦隊もののターゲット層が海老茶色を理解できるのかどうかが謎だ。
「うるさいっ! 行け、プランクトニアンたち!」
プランクトニアンたちは一斉にトラフィック・レンジャー(略してトラレン)に襲い掛かった。キーキーという奇声を上げながら、ツーステップでやってくる姿は笑えるが、十五人ほどいるのでなかなか厄介だ。
「一人あたり、五人かな?」
レッドが二人にそうぼやくと、
「そうだね〜、何とかなるでしょ」
「ええっ、そんなぁ」
のん気なイエローとは裏腹にブルーはやたらとうろたえている。実はブルー、いい体をしている割に弱い。警察学校での護身術などの研修の成績は下から数えた方が早く、試験はいつもぎりぎりだった。喧嘩の経験はほぼゼロで、所謂見掛け倒しというやつだ。
「じゃ、行きますか」
流れるような動作で、足払いをかけてまず一人倒す。走りよってきたやつには立ち上がりながら鳩尾に当身を入れる。レッドは決して弱くない。
「頑張ろう〜」
にこにこ笑っているから、という理由でイエローに向かっていったプランクトニアンは見事な一本背負いを決められる。相手の勢いをそのまま使ったので、イエローは全く力を使っていない。信じられない思いで仲間を見つめているやつには、軽く首筋に手刀を入れて昏倒させる。これでレッド、イエローはノルマ二人達成。
「うわあーっ!」
ブルー一人だけが逃げ惑っていた。近づいてくるプランクトニアンとの間合いが分からず、間抜けな決めポーズのままだ。
「助けてーっ!」
仮にも正義の味方なのに、情けない。小海老君はこれ以上醜態を晒されては番組にならないので、部下たちにレッドとイエローの集中作戦を指示する。小海老君はブルーにそっと近づいて、ブラック・サンダー特製『象でも眠る超即効性睡眠スプレー』を吹きかけた。少しの間、フレームアウトしてもらう。
「きーっ!」
悪役は必ず掛け声をかけてから、襲い掛からなければならない。レッドは声の主との距離を読んで回し蹴りを放った。正確にプランクトニアンの側頭部を捉らえて、失神させる。体勢を整えて、次の敵に備えた。
「レッド、平気?」
イエローは後ろから駆け込んでくる敵に振り返りもせず肘鉄を入れる。胃の中のものがせりあがって来たが、悪役の下っ端たるもの情けなく倒れなくてはならない。見事なまでのプロ根性を見せてプランクトニアンは地面に倒れこむ。
「ききーっ!」
飛び掛かるプランクトニアンをイエローは身をよじってかわし、首筋に手刀をいれる。ノルマの半分は気絶させたが、そろそろ疲れてくる。
「レッド、そろそろ使っていい?」
「ここの戦闘シーンに時間はさけないので、仕方ないですよね」
二人は腰にさしていた特殊警棒を手にとった。
「「特殊警棒使用許可!」」
もしかしたら、戦隊ものではなくて良かったんじゃなかろうかと小海老君は思った。ブルーが全く活躍していない。二人でも十分事足りる。
「ぎゃーっ!」
「ぐぁーっ!」
「ひゃーっ!」
「きゃーっ!」
「うわーっ!」
「みゃーっ!」
「にゃーっ!」
次々とやられていく部下たちを見ながら、それって悲鳴じゃないよ! と心の中で突っ込んだ。とはいえ、個性があるのはいいことだ。
うかうかしていると、自分まで特殊警棒で昏倒させられてしまいそうなので、間合いを取って次の攻撃に出る。最初下っ端中ぱっぱ、最後の仕上げに強大化というのは戦隊もの三十分番組のお約束である。
(10)にすすむ
(8)にもどる
平和な街に響き渡る邪悪な笑い声。
「悪の組織『ブラック・サンダー』が地球を支配してくれるわ!」
脈絡もなく、そして誰に向かってでもなく怪人は叫ぶ。地球の支配宣言は開会宣言のようなものなので、必ずシリーズ開始時にはしなくてならない(悪役基本法第二十条)本当に支配下に置きたいと思っているならば、水面下でことを運ぶ方が余程効率がよいに決まっている。
「まずは、信号無視をして交通規則をやぶってやれ!」
怪人の号令で、プランクトニアンたちは赤信号の横断歩道を渡りだした。まさに「赤信号みんなで渡れば怖くない」といったところだろうか。
「いちに、いちに」
プランクトニアンはしっかりと隊列を組んで、一糸乱れぬ足並みだ。下っ端悪役おなじみの、全身タイツに身を包んでいるために、姿勢の良さが際立つ。
「待て待て待てーっ!」
岡っ引のような掛け声と共に現れたのは、若い警察官。どこと無く疲れが見てとれるが、そこは勢いでカバー。
「信号無視はいけませんよ」
「みんなの迷惑になるからねー」
後から駆け付けた二人は、状況を眺め遣ってのんびりとコメント。三人揃ったのを確認してから、怪人は思い出したように問い掛ける。
「お前達は誰だっ!」
そんなことを聞かず、不意打ちでやっつければよいだが、それは悪役の美学に反する。
「俺達は街の平和を護る『交通戦隊トラフィックレンジャー』です」
三人の中でリーダーと思しき男が口を開く。それ程やる気のなさそうなところが正義の味方らしくない。最初に来た若い男が「先輩、もっと元気よくやってくださいよ」と囁いている。
「「「チェンジ!」」」
三人の警察官は七色の光りに包まれ、ぴったりとした正義の味方の衣装に着替えていた。空気中の正義のエネルギーを体の表面に付着させているという説もあるが、真偽の程は定かではない。
「トラフィック・レッド」
落ち着いた声でトラフィック・レッドこと赤田停は告げた。中肉中背のあまり特徴もやる気も無いリーダーである。
「トラフィック・イエロ〜」
交通戦隊のイエローは女の子ではなく、三児の父親の黄川進だ。童顔ではあるが、三人の中では一番年長である。
「トラフィック・ブルー!」
三人の中で一番若く暑苦しいほどの熱血系、青木渡は声を張り上げた。決めポーズも一人でとっているが、ちょっと腰が引けている。
「何っ! 我らブラック・サンダーの邪魔をするのか!」
三人の変身を辛抱強く待って、怪人は声をかける。
「仕方があるまい、『第一部隊レディッシュブラウン・ヘイル所属のシュリンパー』が相手をしてやろう」
自分の名前を2重かぎ括弧……いや、画面の下のテロップに出してもらうために、シュリンパーは所属部隊と名前を強調した。第一回で負けたら、もう出ることは無いだろう。お父さんは頑張っているということを家族に伝えるためにも、ここだけはしっかり言っておかなくてはならない。
「第一部隊、海老茶色の雹所属の小海老君?」
イエローがぼそっと日本語訳。そもそも、戦隊もののターゲット層が海老茶色を理解できるのかどうかが謎だ。
「うるさいっ! 行け、プランクトニアンたち!」
プランクトニアンたちは一斉にトラフィック・レンジャー(略してトラレン)に襲い掛かった。キーキーという奇声を上げながら、ツーステップでやってくる姿は笑えるが、十五人ほどいるのでなかなか厄介だ。
「一人あたり、五人かな?」
レッドが二人にそうぼやくと、
「そうだね〜、何とかなるでしょ」
「ええっ、そんなぁ」
のん気なイエローとは裏腹にブルーはやたらとうろたえている。実はブルー、いい体をしている割に弱い。警察学校での護身術などの研修の成績は下から数えた方が早く、試験はいつもぎりぎりだった。喧嘩の経験はほぼゼロで、所謂見掛け倒しというやつだ。
「じゃ、行きますか」
流れるような動作で、足払いをかけてまず一人倒す。走りよってきたやつには立ち上がりながら鳩尾に当身を入れる。レッドは決して弱くない。
「頑張ろう〜」
にこにこ笑っているから、という理由でイエローに向かっていったプランクトニアンは見事な一本背負いを決められる。相手の勢いをそのまま使ったので、イエローは全く力を使っていない。信じられない思いで仲間を見つめているやつには、軽く首筋に手刀を入れて昏倒させる。これでレッド、イエローはノルマ二人達成。
「うわあーっ!」
ブルー一人だけが逃げ惑っていた。近づいてくるプランクトニアンとの間合いが分からず、間抜けな決めポーズのままだ。
「助けてーっ!」
仮にも正義の味方なのに、情けない。小海老君はこれ以上醜態を晒されては番組にならないので、部下たちにレッドとイエローの集中作戦を指示する。小海老君はブルーにそっと近づいて、ブラック・サンダー特製『象でも眠る超即効性睡眠スプレー』を吹きかけた。少しの間、フレームアウトしてもらう。
「きーっ!」
悪役は必ず掛け声をかけてから、襲い掛からなければならない。レッドは声の主との距離を読んで回し蹴りを放った。正確にプランクトニアンの側頭部を捉らえて、失神させる。体勢を整えて、次の敵に備えた。
「レッド、平気?」
イエローは後ろから駆け込んでくる敵に振り返りもせず肘鉄を入れる。胃の中のものがせりあがって来たが、悪役の下っ端たるもの情けなく倒れなくてはならない。見事なまでのプロ根性を見せてプランクトニアンは地面に倒れこむ。
「ききーっ!」
飛び掛かるプランクトニアンをイエローは身をよじってかわし、首筋に手刀をいれる。ノルマの半分は気絶させたが、そろそろ疲れてくる。
「レッド、そろそろ使っていい?」
「ここの戦闘シーンに時間はさけないので、仕方ないですよね」
二人は腰にさしていた特殊警棒を手にとった。
「「特殊警棒使用許可!」」
もしかしたら、戦隊ものではなくて良かったんじゃなかろうかと小海老君は思った。ブルーが全く活躍していない。二人でも十分事足りる。
「ぎゃーっ!」
「ぐぁーっ!」
「ひゃーっ!」
「きゃーっ!」
「うわーっ!」
「みゃーっ!」
「にゃーっ!」
次々とやられていく部下たちを見ながら、それって悲鳴じゃないよ! と心の中で突っ込んだ。とはいえ、個性があるのはいいことだ。
うかうかしていると、自分まで特殊警棒で昏倒させられてしまいそうなので、間合いを取って次の攻撃に出る。最初下っ端中ぱっぱ、最後の仕上げに強大化というのは戦隊もの三十分番組のお約束である。
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ブラック・サンダー物語(8)
時刻は六時半。日曜の朝の公園には、ブラック・サンダー第一の刺客、第一部隊レデッシュブラウンヘイルのシュリンパーと派遣のバイトで来た戦闘員、プランクトニアンたちの姿しかなかった。
「では、今日の流れについて説明するので集まってくださーい」
どこからともなくホワイトボードを取り出して、フエルトつぎ接ぎの怪人は二十人程の黒衣に身を包んだ戦闘員に説明を始めた。
「今日は私たちの組織の紹介もありますから、しっかり頑張りましょう」
シュリンパーこと小海老君は部下にも的確な指示を出す。伊達に化粧品の部署で責任者をしていたわけではない。
「我々は犯罪者ではありません。あくまでも悪の組織です。そこを間違えないようにしてくださいね」
そう、ブラック・サンダーは命に関わるような悪事は働かない。ちょっとイライラするような下らない活動ばかりしている。人に怪我をさせるという理由で怪人達の巨大化は行わないし、協会に属した悪の組織基本法を遵守する真っ当な悪の組織なのだ。
小海老君はプランクトニアン達と共に入念な下準備をして、交通戦隊『トラフィックレンジャー』を待った。公園の土の地面にふんわりと盛られた草で明らかに見え見えの落し穴に、公園の入口の車止めにはゴム段を巻き付けて足を引っ掛ける罠、水銀灯からは不自然な紐がぶら下がっていてひっぱると金だらいが落ちてくるような仕掛け。どれも事前に公園の管理者に許可をもらっている。落し穴は元に戻す方が大変だが、悪事の為にはそのような労苦は厭わない。
「引っ掛かるわけないけどな」
小海老君は周りに聞かれないように呟いた。
「どう考えたって、これは引っ掛からないよ」
ブラック・サンダーに在籍し、つぎはぎだらけのフエルト素材に身を包まれていても小海老の判断力は至極まともなものだった。しかし……
「うわーっ!」
公園の入口で若い男の声がした。トラレンとの待ち合わせの時間も近いが、まさかあんなベタな罠に、
「かかったのか……?」
呆れるとも感心ともとれる溜息をついて、ゴム段に足を絡ませて正面から転んだ男の後頭部を見つめた。
「ひ、卑怯者!」
若い男は伏臥上体反らしのような状態で叫んだ。全く恰好がつかない。
「卑怯者と相手を罵るよりも、自分の不注意を自覚しろよ」
「勢い込んで走るからだよー。馬鹿だなぁ」
倒れている若い男の傍に二人の男がやってきた。
「うちのがご迷惑おかけしました。私が『交通戦隊トラフィクレンジャー』のレッドこと赤田停です」
中肉中背でこれといった特長がない男、赤田が淡々とした口調で小海老君に挨拶した。熱血のねの字も感じることができない。彼は低血圧なので、朝のテンションは恐ろしく低い。
「僕がイエローこと黄川進です。よろしくお願いしますー」
総帥ほどではないが、黄川の身長は成人男性の平均よりもかなり低い。下から笑顔で見上げられて、小海老君も思わず笑顔になる。
「先輩達はなんでそんなに友好的なんですかっ! これから戦う敵なんですよ!
……えーっと、俺がトラフィックブルーこと青木渡だ!」
小海老君と赤田、黄川の三人は雑談をしていて、青木の抗議や自己紹介をまるで聞いていなかった。
「先輩ー、そろそろ助けてください!」
長時間の伏臥上体反らしは流石に腰に堪えるらしく、青木はしきりに腰を叩いている。赤田は青木の足に絡まったゴム段を解いてやった。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。二度目はないよ」
赤田の冷たいリアクションに、青木は大袈裟なアクションで解かれたゴムを指差して応えた。
「こんな見え透いた罠、俺はもうひっかかりません!」
「一度引っ掛かったのはどこの馬鹿〜?」
黄川の痛いツッコミには答えず、青木は公園内へと走り出した。一番先に行くことが優位だと捉らえる感覚は、幼稚園児とさして変わらない。
「ちくしょう、俺だっていいとこみせてやるんだー!」
そんな猪突猛進の青木が足元に注意している訳も無く。
「うぎゃーっ!」
助ける気を大幅に削ぐ悲鳴が聞こえてきた。
「まさか……」
小海老君は恐る恐る後ろを振り返ってみる。視線の先には誰も落ちるはずの無い落とし穴。
「何かあるんですか?」
穏やかに尋ねる赤田に青木の様子を見に行く意思は無い。
「トラップがあったり?」
まさかね、と笑いながら黄川は小海老君に聞いてみた。情けない青木の悲鳴は聞かなかったことにしたらしい。
「ええと、多分、青木さんは落とし穴に落ちたんだと思います。助けに行かなくていいんですか?」
落とし穴の中には別に槍や水が入っているというわけではない。そんなことしたら、元に戻す手間が倍になる。やわらかい草がクッションになって怪我をすることは無いと思うが、ついつい調子に乗って穴を深めに掘ってしまったので一人で脱出するのは難しい。
「先輩ー、助けてください!」
赤田と黄川の二人は助けを求められているのを完全に無視している。美味しいだしのとり方を熱心に討論している。
「私、青木さんを引き上げてきますね」
小海老君は誰も助けに行く様子が無いので、自ら助けに行くことにした。落とし穴を仕掛けて、落ちた相手を助けに行くというのはなんだか間抜けな話だ。
小海老君は落とし穴に駆け寄って、中を覗き込んでみた。
「…………」
涙目になっている青木と目が合ってしまった。
「あの、今、縄梯子下ろしますから」
なぜ、自分が敵を助けなきゃいけないのかと思いつつ、縄ばしごを近くの木に巻き付けて固定した。
「ゆっくり、焦らずに上ってくださいね」
捨てられた子犬のような瞳の青木に、気がつけば励ましの言葉をかけていた。やっと落し穴から抜け出した泥だらけ青年を見て、小海老君の良心が疼く。
「二度目はないって言ったろ?」
「本当に、後先考えないお馬鹿さんだねぇ」
赤田と黄川は青木の傍にやってきて、労るどころか心理的ダメージを与えている。もうそろそろ回復してやらないと、ブラック・サンダーと戦う前から戦闘不能だ。
「そ、そこまで言わなくても……」
恙無く、交通戦隊トラフックレンジャー『第一話、守れ! 交通規則』を進行したい小海老君はフォローに回ろうとした。戦隊ものが二人になってしまっては困るからだ。
「まぁ、あんなわざとらしい落し穴に落ちるなんて私も予測不可能でしたけど」
青木、戦闘不能まであと一歩。正直な小海老君の言葉が傷を深くえぐる。これなら「引っ掛かったなー、馬鹿め!」と悪役らしく罵ってくれた方がましだった。
「うちの馬鹿が本当にすいません」
赤田と黄川があまりにも申し訳なさそうに謝るので、小海老君は知らずの内にとどめの一言を口にしてしまった。
「ほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか」
小海老君はうっかり自分の子供を思い浮かべて言ってしまっただけだった。しかし、フエルト生地の海老に『馬鹿な子』と言われてしまった青木のダメージは計り知れない。
「俺は、俺は正義の味方失格だーっ!」
青木はむくりと起き上がったかと思うと、半泣きになりながら駆け出した。
「追わなくていいんですか?」
小海老君は心配そうに青木の後ろ姿を見ていたが、先輩二人組みは全く興味を示さない。
「飽きたら、帰ってきますから」
「もう一回くらいトラップに引っかかるんじゃないの?」
呆れたような二人は、第一回の台本読みを始めてしまった。本番まで時間が無いので、仕方なくまた小海老君が青木の面倒を見る羽目になる。
「あのー、そろそろ始めたいんで、勝手な行動をしないでください」
プランクトニアンの皆と共に、熱血青年を探す。青木は水銀灯の下に佇んでいた。
「俺は、なんてダメな奴なんだー!」
と、言ったかと思うと勢いあまってどこからともなく垂れ下がっている紐を引っ張ってしまう。
「それはっ!」
小海老君は、こんなにくだらない仕掛けに引っかかる青木をある意味尊敬しそうになった。
「痛えーっ!」
金だらいが青木の頭の上に落ちてきた。がつん、といい音がなる。戦隊ものではなく、まるでコント。イッツ、エンターテイメント。
「大丈夫ですか?」
頭を抑えてうずくまる青木に、小海老君は恐る恐る声をかけた。必死に笑いを堪えている。綿で出来た腹筋がふるふると震えている。
「あの、大丈夫になったら始めますから」
努めて冷静な声で小海老君は伝えると、公衆トイレに駆け込んだ。少し笑いを吐き出さないと笑い死ぬ。トラレンブルーは相手を死ぬ程笑わせる攻撃をするんじゃないかとちょっぴり思った。ウケ狙いではなく天然なら、今すぐ保護して特別天然記念物に指定して欲しい。
「じゃ、始めましょうか」
トイレから出てきた小海老君は冷静さを取り戻し、ここに、第一回『交通戦隊トラフィックレンジャー』を開始することを宣言した。
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「では、今日の流れについて説明するので集まってくださーい」
どこからともなくホワイトボードを取り出して、フエルトつぎ接ぎの怪人は二十人程の黒衣に身を包んだ戦闘員に説明を始めた。
「今日は私たちの組織の紹介もありますから、しっかり頑張りましょう」
シュリンパーこと小海老君は部下にも的確な指示を出す。伊達に化粧品の部署で責任者をしていたわけではない。
「我々は犯罪者ではありません。あくまでも悪の組織です。そこを間違えないようにしてくださいね」
そう、ブラック・サンダーは命に関わるような悪事は働かない。ちょっとイライラするような下らない活動ばかりしている。人に怪我をさせるという理由で怪人達の巨大化は行わないし、協会に属した悪の組織基本法を遵守する真っ当な悪の組織なのだ。
小海老君はプランクトニアン達と共に入念な下準備をして、交通戦隊『トラフィックレンジャー』を待った。公園の土の地面にふんわりと盛られた草で明らかに見え見えの落し穴に、公園の入口の車止めにはゴム段を巻き付けて足を引っ掛ける罠、水銀灯からは不自然な紐がぶら下がっていてひっぱると金だらいが落ちてくるような仕掛け。どれも事前に公園の管理者に許可をもらっている。落し穴は元に戻す方が大変だが、悪事の為にはそのような労苦は厭わない。
「引っ掛かるわけないけどな」
小海老君は周りに聞かれないように呟いた。
「どう考えたって、これは引っ掛からないよ」
ブラック・サンダーに在籍し、つぎはぎだらけのフエルト素材に身を包まれていても小海老の判断力は至極まともなものだった。しかし……
「うわーっ!」
公園の入口で若い男の声がした。トラレンとの待ち合わせの時間も近いが、まさかあんなベタな罠に、
「かかったのか……?」
呆れるとも感心ともとれる溜息をついて、ゴム段に足を絡ませて正面から転んだ男の後頭部を見つめた。
「ひ、卑怯者!」
若い男は伏臥上体反らしのような状態で叫んだ。全く恰好がつかない。
「卑怯者と相手を罵るよりも、自分の不注意を自覚しろよ」
「勢い込んで走るからだよー。馬鹿だなぁ」
倒れている若い男の傍に二人の男がやってきた。
「うちのがご迷惑おかけしました。私が『交通戦隊トラフィクレンジャー』のレッドこと赤田停です」
中肉中背でこれといった特長がない男、赤田が淡々とした口調で小海老君に挨拶した。熱血のねの字も感じることができない。彼は低血圧なので、朝のテンションは恐ろしく低い。
「僕がイエローこと黄川進です。よろしくお願いしますー」
総帥ほどではないが、黄川の身長は成人男性の平均よりもかなり低い。下から笑顔で見上げられて、小海老君も思わず笑顔になる。
「先輩達はなんでそんなに友好的なんですかっ! これから戦う敵なんですよ!
……えーっと、俺がトラフィックブルーこと青木渡だ!」
小海老君と赤田、黄川の三人は雑談をしていて、青木の抗議や自己紹介をまるで聞いていなかった。
「先輩ー、そろそろ助けてください!」
長時間の伏臥上体反らしは流石に腰に堪えるらしく、青木はしきりに腰を叩いている。赤田は青木の足に絡まったゴム段を解いてやった。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。二度目はないよ」
赤田の冷たいリアクションに、青木は大袈裟なアクションで解かれたゴムを指差して応えた。
「こんな見え透いた罠、俺はもうひっかかりません!」
「一度引っ掛かったのはどこの馬鹿〜?」
黄川の痛いツッコミには答えず、青木は公園内へと走り出した。一番先に行くことが優位だと捉らえる感覚は、幼稚園児とさして変わらない。
「ちくしょう、俺だっていいとこみせてやるんだー!」
そんな猪突猛進の青木が足元に注意している訳も無く。
「うぎゃーっ!」
助ける気を大幅に削ぐ悲鳴が聞こえてきた。
「まさか……」
小海老君は恐る恐る後ろを振り返ってみる。視線の先には誰も落ちるはずの無い落とし穴。
「何かあるんですか?」
穏やかに尋ねる赤田に青木の様子を見に行く意思は無い。
「トラップがあったり?」
まさかね、と笑いながら黄川は小海老君に聞いてみた。情けない青木の悲鳴は聞かなかったことにしたらしい。
「ええと、多分、青木さんは落とし穴に落ちたんだと思います。助けに行かなくていいんですか?」
落とし穴の中には別に槍や水が入っているというわけではない。そんなことしたら、元に戻す手間が倍になる。やわらかい草がクッションになって怪我をすることは無いと思うが、ついつい調子に乗って穴を深めに掘ってしまったので一人で脱出するのは難しい。
「先輩ー、助けてください!」
赤田と黄川の二人は助けを求められているのを完全に無視している。美味しいだしのとり方を熱心に討論している。
「私、青木さんを引き上げてきますね」
小海老君は誰も助けに行く様子が無いので、自ら助けに行くことにした。落とし穴を仕掛けて、落ちた相手を助けに行くというのはなんだか間抜けな話だ。
小海老君は落とし穴に駆け寄って、中を覗き込んでみた。
「…………」
涙目になっている青木と目が合ってしまった。
「あの、今、縄梯子下ろしますから」
なぜ、自分が敵を助けなきゃいけないのかと思いつつ、縄ばしごを近くの木に巻き付けて固定した。
「ゆっくり、焦らずに上ってくださいね」
捨てられた子犬のような瞳の青木に、気がつけば励ましの言葉をかけていた。やっと落し穴から抜け出した泥だらけ青年を見て、小海老君の良心が疼く。
「二度目はないって言ったろ?」
「本当に、後先考えないお馬鹿さんだねぇ」
赤田と黄川は青木の傍にやってきて、労るどころか心理的ダメージを与えている。もうそろそろ回復してやらないと、ブラック・サンダーと戦う前から戦闘不能だ。
「そ、そこまで言わなくても……」
恙無く、交通戦隊トラフックレンジャー『第一話、守れ! 交通規則』を進行したい小海老君はフォローに回ろうとした。戦隊ものが二人になってしまっては困るからだ。
「まぁ、あんなわざとらしい落し穴に落ちるなんて私も予測不可能でしたけど」
青木、戦闘不能まであと一歩。正直な小海老君の言葉が傷を深くえぐる。これなら「引っ掛かったなー、馬鹿め!」と悪役らしく罵ってくれた方がましだった。
「うちの馬鹿が本当にすいません」
赤田と黄川があまりにも申し訳なさそうに謝るので、小海老君は知らずの内にとどめの一言を口にしてしまった。
「ほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか」
小海老君はうっかり自分の子供を思い浮かべて言ってしまっただけだった。しかし、フエルト生地の海老に『馬鹿な子』と言われてしまった青木のダメージは計り知れない。
「俺は、俺は正義の味方失格だーっ!」
青木はむくりと起き上がったかと思うと、半泣きになりながら駆け出した。
「追わなくていいんですか?」
小海老君は心配そうに青木の後ろ姿を見ていたが、先輩二人組みは全く興味を示さない。
「飽きたら、帰ってきますから」
「もう一回くらいトラップに引っかかるんじゃないの?」
呆れたような二人は、第一回の台本読みを始めてしまった。本番まで時間が無いので、仕方なくまた小海老君が青木の面倒を見る羽目になる。
「あのー、そろそろ始めたいんで、勝手な行動をしないでください」
プランクトニアンの皆と共に、熱血青年を探す。青木は水銀灯の下に佇んでいた。
「俺は、なんてダメな奴なんだー!」
と、言ったかと思うと勢いあまってどこからともなく垂れ下がっている紐を引っ張ってしまう。
「それはっ!」
小海老君は、こんなにくだらない仕掛けに引っかかる青木をある意味尊敬しそうになった。
「痛えーっ!」
金だらいが青木の頭の上に落ちてきた。がつん、といい音がなる。戦隊ものではなく、まるでコント。イッツ、エンターテイメント。
「大丈夫ですか?」
頭を抑えてうずくまる青木に、小海老君は恐る恐る声をかけた。必死に笑いを堪えている。綿で出来た腹筋がふるふると震えている。
「あの、大丈夫になったら始めますから」
努めて冷静な声で小海老君は伝えると、公衆トイレに駆け込んだ。少し笑いを吐き出さないと笑い死ぬ。トラレンブルーは相手を死ぬ程笑わせる攻撃をするんじゃないかとちょっぴり思った。ウケ狙いではなく天然なら、今すぐ保護して特別天然記念物に指定して欲しい。
「じゃ、始めましょうか」
トイレから出てきた小海老君は冷静さを取り戻し、ここに、第一回『交通戦隊トラフィックレンジャー』を開始することを宣言した。
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ブラック・サンダー物語(7)
ブラック・サンダーで小海老君が第一の刺客に決まった数日後……
いつものように、違反者の罰金の事務手続きをしようと、赤田停はパソコンを立ち上げた。赤田停はとある県警交通課に配属されたこれといって特長のない男だ。趣味と言えば、自宅から歩いて五分の図書館で読書、または勝ちも負けもしないパチスロくらいで人に言うほどの特技はない。
「赤田ー、署長がお呼びだぞ」
そう肩を叩かれても、「公務員だからリストラではないよな。俺、まだ二十八だし」とぼんやりと考えるだけだった。二十代としてはあまりにも老成している。ちょっと前に別れた彼女は「もっと何事にも熱くなる人がいいの……ごめん」と言っていたような気がする。彼女の浮気で別れた割に修羅場を経験しなかったのは、赤田の性格によるものだろう。
「失礼します」
署長室には二十代半ばと思しき男がいた。赤田より少し年下、といったところだろうか。明るい茶色の髪にグレーのスーツがよく似合う青年だった。しかし、新入社員とは言えない貫禄がある。とりあえず、署長でないのは確かだ。
「こんにちは、赤田停さん」
男は赤田に話し掛けて来た。正面から男の顔を見て、俗に言う「美形」ってやつかな、と赤田は思った。自分が署長室にいることに男は何も疑問に感じていないようだった。
「あの……私は署長に呼ばれてきたはずなんですが」
赤田は恐る恐る男に疑問を投げ掛けた。いつでも逃げられるように、すこしずつ、ドアに近づいていく。
「代わりに呼んでいただいたんです。貴方に用があるのは私ですから」
バタン、と音を立てて赤田の背後のドアが閉まった。慌てて、ドアノブを掴んで回すが、びくともしない。何だかよく分からないが、いきなり絶体絶命の大ピンチ。警察署内に不審者がいるなんて誰が思うだろうか。赤田は殉職って二階級特進だよな、と思った。
「実は重大なお話がありまして。貴方の他に二人呼んでいるんです」
開かないかと思ったドアはあっさりと開き、二人の男が入ってきた。
「あ、赤田〜」
「赤田さん!」
入ってきたのは小柄な三十歳くらいの男性と、二十代前半と思われる大柄な男性。
「黄川さん! それに青木!」
二人は交通課の先輩、黄川進と今年入ったばかりの新人、青木渡だった。
「署長室に呼び出しなんてびっくりだね〜」
おっとりと発言した黄川は今年で三十二歳。三児の父である彼は小柄ながらも空手、合気道に通じていて、交通課にいるのが不思議なほどに強い。柔和な顔立ちと体つきを舐めてかかり、検問では何人が公務執行妨害で捕まったか分からない。
「先輩も呼ばれたんですか?」
その黄川の後ろに立っているのは、警察官一年生の青木だ。立ても横も黄川よりずっと大きい。身長は一八〇センチを軽く超える。大学時代はラグビー部に在籍していたらしい。体育会系熱血青年だという専らの評判だ。
「皆さんが揃ったところで、お話させていただきますね」
赤田たちを呼び出したという男は、何が? どうして? つーか、あんたは誰? という疑問を跳ね返す笑顔がとてもさわやかだった。
「突然ではありますが、貴方たち三人には地球の平和を守っていただきます」
「…………」
「…………」
「…………」
結構、理不尽な辞令というのはある。しかし、地球の平和を守るというのはいかがなものかと三人は思った。っていうか、目の前にいるやつは誰だ? 警察署内に不審者なのか?
「来週の日曜朝八時半から始まる交通戦隊『トラフィックレンジャー』になっていただきます。ちなみに、略称はトラレンです」
署長室に静寂がながれる。窓から差し込む太陽の光が眩しい。
「赤田さんはレッド、黄川さんはイエロー、青木さんはブルーです」
「なんで俺がレッドなんでしょうか?」
「僕がイエローなの?」
「自分、ブルーなんですか?」
突っ込みたいことは山のようにあるが、上手く言えないので何故か自分の色決定について聞いてしまう。違う、そんなんじゃない。そんなことが聞きたいんじゃない。
「それは、貴方たちの名前からです。『赤田停』、『黄川進』、『青木渡』という名前は交通戦隊にぴったりなので、お願いすることにしました」
「なるほど、そういうわけですか」
納得したわけではないが、赤田は仕方がないので相手の話を聞くことに決めたようだ。
「戦っていただく相手は悪の組織『ブラック・サンダー』です。あ、そうそう申し遅れました……私は司令官のエックスです」
エックスと名乗る男はニッコリと微笑むと握手をするために右手を差し出した。
「まずは半年、よろしくお願いしますね」
あまりにも自然な動作で手を出されたので、赤田、黄川、青木はエックスと握手を交わしていた。エックスなどという名前は明らかに偽名。怪しすぎる。
「本部はここの地下の一室をお借りしました。連絡にはこれを使っていただきます」
そう言って、エックスが渡したのはトランシーバ。今時、携帯ではなくトランシーバ。正義の味方「〜戦隊」というのだったら、未来警察からの超小型高性能通信機とか、テレパシーが使えるようになる指輪とか不思議グッズを活用するんじゃないのか? と三人は思った。
「武器や乗り物は、自分で調達して下さいね」
にっこりと微笑むエックスは有無を言わせない。
「質問、いいですか?」
言葉もない二人に代わって、赤田は慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「時間外労働手当ては出ますか?」
「あ、赤田くん、現実的だね〜」
黄川は真面目に尋ねる赤田に感心した。徐々に正義の味方をすることの実感が湧いてきた黄川は『イエローはカレが好き〜♪』と鼻歌交じりに呟いている。一方、良くも悪くも常識人の青木はショックから抜け出せない様子だ。
「公務員のアルバイトは禁止されています。正義の味方はボランティアです。しかし、現物支給として、関連グッズなどは差し上げますね」
「あ、それ助かるな〜。僕は息子二人と娘が一人いるから……そういうのが好きな年頃なんだよ、今」
「先輩のお子さん、一番上の子は四月から小学校ですよね」
黄川と赤田はこの状況に順応したようだった。赤田は特にやることもない休日の朝に体を動かすだけだととらえ、黄川は自分の子供にかっこいいところを見せることができるのだからいいと思いはじめていた。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
今まで呆然として口も利けなかった青木がようやっと復活した。動揺を隠すことが出来ず、少し台詞を噛んでいる。
「なんで先輩方は正義の味方をやらされることに抵抗がないんですかっ! おかしいでしょうがっ!」
「そう言われても」
「別に嫌だと思わなかったよ?」
赤田、黄川の二人には正義の味方として必須の「特に細かいことには疑問を持たずにスルー」が身についているようだった。心の平和のためにも、青木には早く身につけて欲しいものである。
「今更、何を言われましても決定事項ですので」
エックスは青木の抗議など聞いてはいない。何を考えているのか分からない微笑がちょっと怖い。
「第一話の台本と衣装をお渡ししますね。では、来週の日曜日、よろしくお願いしますね」
エックスはそう言うと、三人に一つずつ紙袋を渡した。中には台本、衣装、それと『初心者のための正義の味方心得』が入っていた。『初心者のための正義の味方心得』は「初めてでも簡単! 貴方も立派な正義の味方になれる!」という帯のついた、正義の味方なら誰しもが一度は読んだことがあるというベストセラーだ。ちなみに(有)ブラック・サンダー発行で、第二十版まで出ている。
「それでは、また」
署長室から出て行くエックスを三人は止めることが出来なかった。渡された紙袋の中にトランシーバを入れて、赤田がぽつりと呟いた。
「ちょっと手抜きな正義の味方だよな……」
こうして、交通課の三人による交通戦隊『トラフィックレンジャー』は誕生したのだった。
(8)にすすむ
(6)にもどる
いつものように、違反者の罰金の事務手続きをしようと、赤田停はパソコンを立ち上げた。赤田停はとある県警交通課に配属されたこれといって特長のない男だ。趣味と言えば、自宅から歩いて五分の図書館で読書、または勝ちも負けもしないパチスロくらいで人に言うほどの特技はない。
「赤田ー、署長がお呼びだぞ」
そう肩を叩かれても、「公務員だからリストラではないよな。俺、まだ二十八だし」とぼんやりと考えるだけだった。二十代としてはあまりにも老成している。ちょっと前に別れた彼女は「もっと何事にも熱くなる人がいいの……ごめん」と言っていたような気がする。彼女の浮気で別れた割に修羅場を経験しなかったのは、赤田の性格によるものだろう。
「失礼します」
署長室には二十代半ばと思しき男がいた。赤田より少し年下、といったところだろうか。明るい茶色の髪にグレーのスーツがよく似合う青年だった。しかし、新入社員とは言えない貫禄がある。とりあえず、署長でないのは確かだ。
「こんにちは、赤田停さん」
男は赤田に話し掛けて来た。正面から男の顔を見て、俗に言う「美形」ってやつかな、と赤田は思った。自分が署長室にいることに男は何も疑問に感じていないようだった。
「あの……私は署長に呼ばれてきたはずなんですが」
赤田は恐る恐る男に疑問を投げ掛けた。いつでも逃げられるように、すこしずつ、ドアに近づいていく。
「代わりに呼んでいただいたんです。貴方に用があるのは私ですから」
バタン、と音を立てて赤田の背後のドアが閉まった。慌てて、ドアノブを掴んで回すが、びくともしない。何だかよく分からないが、いきなり絶体絶命の大ピンチ。警察署内に不審者がいるなんて誰が思うだろうか。赤田は殉職って二階級特進だよな、と思った。
「実は重大なお話がありまして。貴方の他に二人呼んでいるんです」
開かないかと思ったドアはあっさりと開き、二人の男が入ってきた。
「あ、赤田〜」
「赤田さん!」
入ってきたのは小柄な三十歳くらいの男性と、二十代前半と思われる大柄な男性。
「黄川さん! それに青木!」
二人は交通課の先輩、黄川進と今年入ったばかりの新人、青木渡だった。
「署長室に呼び出しなんてびっくりだね〜」
おっとりと発言した黄川は今年で三十二歳。三児の父である彼は小柄ながらも空手、合気道に通じていて、交通課にいるのが不思議なほどに強い。柔和な顔立ちと体つきを舐めてかかり、検問では何人が公務執行妨害で捕まったか分からない。
「先輩も呼ばれたんですか?」
その黄川の後ろに立っているのは、警察官一年生の青木だ。立ても横も黄川よりずっと大きい。身長は一八〇センチを軽く超える。大学時代はラグビー部に在籍していたらしい。体育会系熱血青年だという専らの評判だ。
「皆さんが揃ったところで、お話させていただきますね」
赤田たちを呼び出したという男は、何が? どうして? つーか、あんたは誰? という疑問を跳ね返す笑顔がとてもさわやかだった。
「突然ではありますが、貴方たち三人には地球の平和を守っていただきます」
「…………」
「…………」
「…………」
結構、理不尽な辞令というのはある。しかし、地球の平和を守るというのはいかがなものかと三人は思った。っていうか、目の前にいるやつは誰だ? 警察署内に不審者なのか?
「来週の日曜朝八時半から始まる交通戦隊『トラフィックレンジャー』になっていただきます。ちなみに、略称はトラレンです」
署長室に静寂がながれる。窓から差し込む太陽の光が眩しい。
「赤田さんはレッド、黄川さんはイエロー、青木さんはブルーです」
「なんで俺がレッドなんでしょうか?」
「僕がイエローなの?」
「自分、ブルーなんですか?」
突っ込みたいことは山のようにあるが、上手く言えないので何故か自分の色決定について聞いてしまう。違う、そんなんじゃない。そんなことが聞きたいんじゃない。
「それは、貴方たちの名前からです。『赤田停』、『黄川進』、『青木渡』という名前は交通戦隊にぴったりなので、お願いすることにしました」
「なるほど、そういうわけですか」
納得したわけではないが、赤田は仕方がないので相手の話を聞くことに決めたようだ。
「戦っていただく相手は悪の組織『ブラック・サンダー』です。あ、そうそう申し遅れました……私は司令官のエックスです」
エックスと名乗る男はニッコリと微笑むと握手をするために右手を差し出した。
「まずは半年、よろしくお願いしますね」
あまりにも自然な動作で手を出されたので、赤田、黄川、青木はエックスと握手を交わしていた。エックスなどという名前は明らかに偽名。怪しすぎる。
「本部はここの地下の一室をお借りしました。連絡にはこれを使っていただきます」
そう言って、エックスが渡したのはトランシーバ。今時、携帯ではなくトランシーバ。正義の味方「〜戦隊」というのだったら、未来警察からの超小型高性能通信機とか、テレパシーが使えるようになる指輪とか不思議グッズを活用するんじゃないのか? と三人は思った。
「武器や乗り物は、自分で調達して下さいね」
にっこりと微笑むエックスは有無を言わせない。
「質問、いいですか?」
言葉もない二人に代わって、赤田は慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「時間外労働手当ては出ますか?」
「あ、赤田くん、現実的だね〜」
黄川は真面目に尋ねる赤田に感心した。徐々に正義の味方をすることの実感が湧いてきた黄川は『イエローはカレが好き〜♪』と鼻歌交じりに呟いている。一方、良くも悪くも常識人の青木はショックから抜け出せない様子だ。
「公務員のアルバイトは禁止されています。正義の味方はボランティアです。しかし、現物支給として、関連グッズなどは差し上げますね」
「あ、それ助かるな〜。僕は息子二人と娘が一人いるから……そういうのが好きな年頃なんだよ、今」
「先輩のお子さん、一番上の子は四月から小学校ですよね」
黄川と赤田はこの状況に順応したようだった。赤田は特にやることもない休日の朝に体を動かすだけだととらえ、黄川は自分の子供にかっこいいところを見せることができるのだからいいと思いはじめていた。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
今まで呆然として口も利けなかった青木がようやっと復活した。動揺を隠すことが出来ず、少し台詞を噛んでいる。
「なんで先輩方は正義の味方をやらされることに抵抗がないんですかっ! おかしいでしょうがっ!」
「そう言われても」
「別に嫌だと思わなかったよ?」
赤田、黄川の二人には正義の味方として必須の「特に細かいことには疑問を持たずにスルー」が身についているようだった。心の平和のためにも、青木には早く身につけて欲しいものである。
「今更、何を言われましても決定事項ですので」
エックスは青木の抗議など聞いてはいない。何を考えているのか分からない微笑がちょっと怖い。
「第一話の台本と衣装をお渡ししますね。では、来週の日曜日、よろしくお願いしますね」
エックスはそう言うと、三人に一つずつ紙袋を渡した。中には台本、衣装、それと『初心者のための正義の味方心得』が入っていた。『初心者のための正義の味方心得』は「初めてでも簡単! 貴方も立派な正義の味方になれる!」という帯のついた、正義の味方なら誰しもが一度は読んだことがあるというベストセラーだ。ちなみに(有)ブラック・サンダー発行で、第二十版まで出ている。
「それでは、また」
署長室から出て行くエックスを三人は止めることが出来なかった。渡された紙袋の中にトランシーバを入れて、赤田がぽつりと呟いた。
「ちょっと手抜きな正義の味方だよな……」
こうして、交通課の三人による交通戦隊『トラフィックレンジャー』は誕生したのだった。
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